
- > 大田区のものづくりメディア「テクノプラザ」
- > 記事一覧
- > 『SDGs』の記事一覧
- > 実機もお金も自分で作る。独学ロボット少年が世界の舞台に立つまで
有限会社安久工機(東京・大田区)が運営するイノベーション拠点「ヤスラボ」にはものづくりの未来を切り拓く様々な人や企業が集まっています。PyLoT Roboticsの代表で筑波大学1年の村本幸輝さんもその一人です。村本さんは、令和8年4月にロボットコンテスト「ロボカップ」の日本大会で優勝しました。現在は仲間とともに技術を磨きながらロボコン世界大会優勝を目指しロボットづくりに取り組んでいます。
幼いころから、工作やプラモデル作りが好きだったという村本さん。中学生時代にロボットプログラミングと出会い、独学で知識や技術を身につけながら、コロナ禍にオンライン開催されたロボコンに参加しました。高校進学以降はプログラムだけでなく自らロボットを製作し、国内外のロボットコンテストの大会に出場しています。
今回は、村本さんがロボット製作を始めたきっかけや、失敗から学んだこと、大田区で活動する魅力、そしてロボコン世界大会への挑戦について伺いました。

―― ロボット製作を始めたきっかけを教えてください。
もともと、幼いころから工作やプラモデル作りが好きでしたが、本格的にロボットに触れ始めたのは進学した中高一貫校で物理部に入部してからです。友人に誘われて入った物理部で高校の先輩がシミュレーション上でロボットをプログラミングしていたんです。それを見て、一気にロボットの世界に引き込まれて独学でプログラミングを学び始めました。
中学1年生の時、実機を使わないオンライン形式のロボコンに参加しました。ただ、やっているうちに「画面の中だけではなく、実際に動くものを作りたい」という思いが強くなっていったんです。
実機を使った大会が再開したこともあり、高校生になってからはロボットそのものも作るようになりました。
―― 最初はどのようなものを作ったのですか?
高校1年生の時に家庭用ロボット掃除機を改造して作った、競技用ロボットです。筐体には合板や塩ビパイプを組み合わせ、他チームの機体やインターネット上の情報を参考にしながら、設計や加工を行いました。強度が足りなかったり、走らせると振動したり、部品が壊れたりと問題が起きるたびに原因を探して、また作り直すということを繰り返して改良を続けました。
高校2年生の春に、RoboCup@Home Japan Open Education 2024に実機で出場しましたが、ハードウェアの強度や安定性の不足、ソフトウェア開発の遅れなどにより得点を獲得できずに終わってしまいました。非常に悔しい結果となりましたが、この経験から、ロボットの性能向上だけでなく、適切なマネジメントによって開発を計画的に進めることの重要性を実感しました。

―― 費用面で苦労したことはありますか。
当初活動費はアルバイト代や小遣い、部費などで工面していたんです。
ただ、本格的に大会へ出場するには、それだけでは難しくなってきました。そこで高校2年生時の2024年RoboCup日本大会(RoboCup@Home Japan Open Education)への出場を機に、スポンサーを探し始めました。
約800社に対して、問い合わせフォームから一社ずつ連絡しました。返信が来たのは1〜2%ほどでしたが、返事をいただいた企業とは面談を重ね、少しずつ協力してくださる企業を増やしていきました。こうした経験を通して、ロボットを作るだけではなく、自分たちの活動を伝えて、応援してくれる人を増やすことも必要だと学びました。
また、高校在学中は部室を活動拠点としていましたが、卒業後はメンバーの自宅のリビングなどが活動場所でした。しかし実際にロボットを動かす時に様々不便を感じていた折、スポンサーの一社である安久工機様のご厚意で「ヤスラボ」が新たな活動拠点の一つとなりました。東京ではロボットを自由に試運転できる場所は限られているため、実際に動かしながら試作や検証を行えるヤスラボは、私たちにとって非常に貴重な活動拠点となっています。またヤスラボには、ロボットを開発する団体だけでなく、医療やものづくりなど、さまざまな分野に取り組む企業や人が集まっています。異なる分野の技術やアイデアに日々触れられる環境は、私たちにとって大きな刺激になっています。入居者同士の交流から新しいアイデアが生まれることもあり、ロボットづくりの可能性を広げてくれる場所だと感じています。
―― 今回の日本大会、世界大会では、どのようなことが印象に残りましたか?

大学や研究室などのチームが参加する中で、2026年のRoboCup日本大会の2部門で優勝できたことは、とてもうれしかったです。これまで取り組んできたことが結果につながり、自分たちのロボットが世界で戦えるという手応えを感じました。その後、韓国・仁川で開催されたロボコン世界大会「RoboCup@Home 2026 Incheon」では7位を獲得し、Best Open Source Software Awardも受賞という結果でした。限られた人数と資金の中で製作してきたロボットが、世界のチームと競い、一定の結果を残せたことは大きな自信になりました。
ただ、世界大会では自分たちの課題もはっきり見えました。自作したロボットアームにはトルク不足や歪みがあり、物をつかむ場面で苦戦しました。大会期間中にはハードウェアの修理もあり、競技以外の対応に時間を取られることもありました。
優勝チームが25人で活動しているのに対して、PyLoT Roboticsのチームメンバーは5人です。人員や資金面で差を感じることもありますが、5人だからこそ分業制ではなく皆が設計から製作、調整、運用まで幅広く携われています。
―― これからの挑戦について教えてください。
次の世界大会では、優勝を目標にしています。そこに向けて現在ロボットを一から再設計しています。これまで自作していたロボットアームは市販品に変更し、精度と安定性を高める予定です。モーターの性能も向上させ、動作速度の改善を目指しています。
また、周囲にある物体の位置や形状をより詳しく把握できるようにロボットの認識機能を強化します。ハードウェアを大きく変更するため、それに合わせてソフトウェアも全面的に刷新する予定です。
ロボットの魅力は、自分で作ったソフトウェアや機械が、現実の世界で実際に動くところにあると思っています。

頭の中で考えていたアイデアが、自分の手で形になり、目の前で動き出す。その瞬間に大きな面白さを感じます。これからもロボット作りを続けていきたいと考えています。
幼いころの工作から始まった村本さんのロボットづくり。失敗すれば原因を探し、また作る。その繰り返しの先に、日本大会優勝と世界大会7位という結果が生まれました。
そして、その挑戦を支えているのは村本さん自身の情熱や技術だけではありません。若手の「やってみたい」を応援し、挑戦を後押しする企業や人との出会いも、大きな力になっています。「ヤスラボ」もその一つ。ものづくりの技術や知識を持つ人が集まり、若手が実際に手を動かしながら挑戦できる環境が、大田区にはあります。
他にも区内では、「ベンチャーフレンドリープロジェクト」等の若手起業家やものづくりに挑戦する人を支援する取り組みも行われています。
「何かを作ってみたい」「自分のアイデアを形にしたい」。そんな思いを持つ若い世代にとって、大田区は挑戦を始めるきっかけに出会えるまちなのかもしれません。
村本さんもまた、ヤスラボを拠点の一つとして仲間とともにロボットを進化させ、次の世界大会での優勝という、さらに高い目標に挑みます。大田区から世界へ。若手の挑戦と、それを支えるまちのこれからにも注目です。

【参考】:
「ベンチャーフレンドリープロジェクト」https://vfpj.org/
「ヤスラボの記事」https://www.pio-ota.jp/techno-plaza/blog/startup/yasulab-1/