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中小企業における海外進出の新展開

2006/10/17

(財)大田区産業振興協会
専務理事 山田 伸顯

OTA TECHNO PARKの開設

 2006年6月26日、タイのバンコク郊外にある「アマタナコン工業団地」において、「OTA TECHNO PARK」(オオタ・テクノ・パーク)のオープニングセレモニーが行なわれた(写真1)。このプロジェクトはきわめて小規模なものであるにもかかわらず、日本から東京都大田区の西野区長が現地に赴き、タイのスリヤ副首相兼工業大臣および駐タイの小林日本大使が祝辞を述べるという力のはいった式典となった。
 アマタナコン工業団地は、バンコクから高速道路で1時間、開港を間近に控えたスワンナプーム空港からは車で約40分の距離に位置し、全計画面積約 68k㎡という巨大なインダストリーパークである。
 OTA TECHNO PARKは、その中の一画、約2ha (ヘクタール)の小さな敷地に、大田区中小企業向け集合工場を建設するという計画である。第1期計画では、約7800㎡の敷地面積に、8戸の連棟式工場(1戸当たり320㎡、総延床面積2560㎡)と、工場全体の日常の管理に当たる事務棟を建設した。
 最終的には、第4期計画まで施工実施する予定である。工業団地を管理する「アマタコーポレーション」(以下、アマタ社)が所有し、直接入居企業に賃貸する方式を取っている。
 大田区にとって、このプロジェクトは大田区産業の拡張戦略である。大田区に本拠地を置きつつ、顧客の海外生産シフトに応じて現地調達の拠点を設け、コストダウンをはかることで、従来の顧客との関係をさらに深めことができる。また、海外進出することにより、従来取引のなかった新たな顧客(大手企業を含め)を現地で開拓する可能性も生まれるなど、生産の合理化と合わせて市場拡大に寄与することを期待している(図1)注1)。
 国内の受注量の増大が望めない現況において、成長いちじるしいアジアに着目し、現地に進出した製造業に対し、大田区の中小企業が有する高度な機械加工技術を直接供与することが、有効な戦略となってきたのである。 一方、タイ側にとっては、工業団地を整備し、国外から自動車、電気・電子機器などの主たるメーカーの生産拠点を誘致することで産業の高度化を進めてきたが、メーカーに供給する部品産業や、そうした産業全体を下支えするサポーティングインダストリー(製造・加工における基盤技術)が脆弱で、それらの集積を強化する必要がある。
 そうしないと、「自動車産業を中心としたタイ製造業にとってボトルネックとなる」注2)と危惧されている。その基盤技術を有するのが日本であり、とくに大田区における技術集積は、魅力があると思われたのである。
 アマタナコン工業団地には約400社の外国企業が集まっているが、そのうち7割が日系企業であることも、技術を供与する日本の中小企業にとって、また、日系企業の維持拡大を求めるアマタ社にとっても拠点形成のメリットは大きい。双方のウィンウィン関係を求めての結果である。
 大田区に本社のある、油圧シリンダのメーカーである「南武」は、すでに4年前からアマタナコン工業団地内の建物を借りて進出していたが、「OTA TECHNO PARK」のオープンに合わせ、第1号の入居企業となった(カット写真)。こうして、大田区のアジアネットワーク展開事業がスタートしたのである。


写真1 OTA TECHNO PARKのオープニングセレモニー

図1 受注取引への影響(中小企業白書2006年版より)

日本の中小製造業の構造転換

 「NAMBU CYL (THAILAND) CO., LTD」(以下、タイ・ナンブ)が、「南武」のタイ現地法人である。「南武」の2代目社長、野村和史氏の次男に当たる伯英氏が責任者となって現地に赴任している。同社の海外展開を振り返ることで、産業のグローバル化の進行の中で日本の中小製造業が、どのように構造転換をはかっていったかを見てみることにする。
 同社は日本で初めてハーレーダビットソンの技術導入を手掛けた先代の故野村三郎氏によって、1941 (昭和16)年に創業された。戦後、工場の全焼、倒産など幾多の試練を経て、1965(昭和40)年に「南武鉄工」として再起し、“脱下請け”を目指して自社製品を販売するシリンダメーカーとなった。
 製品は2種類に大別される。一つは、製鉄所において圧延された鉄板をコイル状に巻き取る心棒となる「ロータリシリンダ」である。従来から業界において評判が高く、国内はもとより、アメリカ、韓国、中国など世界各国の大手製鉄メーカーに導入されており、世界シェアは70%といわれている。
 もう一つの「中子抜き油圧シリンダ」は、主に自動車の生産ラインにおいて、エンジンブロックなどを製造するダイカスト用金型に付帯する基幹部品である。精密性、堅牢性、多様性において他のシリンダメーカーの追随を許さず、複雑な形状の自動車用ダイカスト製品の生産性をいちじるしく向上させる、不可欠の技術的コアと位置付けられるようになった。生産ラインに組み込まれるため、顧客の要求に沿った多品種少量生産である。しかし、技術の基本は南武仕様と呼ばれる同社の独自設計に基づいている。したがって、標準品の在庫も持ち合わせており、納期の迅速化をはかることができる。
 同社の経営戦略を特徴づけるものに、特許の取得が挙げられる。
 たとえば、①ストレート穴を成形した中子を、引き抜き前に回転させるため、表面を鏡面加工し、2次加工を省略できる「ロータリコアプーラー」、②センサ内蔵の超小型精密油圧シリンダ「EXS(EXTREMELY SMALL:世界最小)」、③射出による瞬間的な衝撃による中子の戻りを防止し、バリの発生を防ぐことができる「スーパーロックシリンダ」など、顧客にとっての生産性向上とコスト削減に大きく寄与し、同社の利益にも貢献する、多くの特許戦略製品が生み出されている
。 もう一つの特徴は、若手および女性を積極的に採用し教育することで、次世代への技術・技能継承をはかりつつ、熟練工とミックスした生産体制を採っていることである。自社内設計によるCADおよび NC工作機械を駆使した迅速なモノづくりと、汎用機により仕上げの精度を高め、高品質な特注品づくりにより顧客の信頼を獲得している。
 こうして国内における市場占有を磐石にしてきたが、顧客が海外に生産拠点をシフトし、現地調達を強化しようとすることに対して、さすがに日本からだけで対処することが困難になってきた。また、コストダウンの要求に応えるためにも、海外の生産拠点を設けることが必須となった。
 同社の海外マーケティングは、1994年にシンガポールで開催された「メタルアジア」という展示会に、大田区が区内企業を共同出展する事業に参加したことが初めてであった。次に1996年に大田区産業振興協会が主催した「タイ・マレーシア」ミッションに参加した。その際、ダイカスト用の離型材・潤滑材および関連製品を生産・販売する企業である「花野商事」との提携関係を確立するべく、具体的な折衝の機会をもった。花野商事の現地法人である「ハナノ・タイランド」を通じて、タイとASEANに製品販売する提携がなされた。
 さらに両社の関係が深まり、2002年2月ハナノ・タイランドの工場の一部を借り受けて、タイにおける南武の現地法人が設立された。
 その後4年が経過し、約300㎡の間借り工場も手狭となり、OTA TECHNO PARKでほぼ3倍のスペースの工場に移転した。移転に当たり、当初から育成してきた現地従業員の離職が心配されたが、全員が新工場に定着できた。
 いまでは、従業員数45名(うち日本人2名)の体制で、冷房設備の完備した快適な作業環境の下、マシニングセンタとNC旋盤に加えて、汎用の工作機械を駆使して高度な精密加工を行なっている。日本本社へ部品を輸出するとともに、完成品の直販体制をとって、タイ国内から東南アジアへの市場拡大を担える生産拠点を構築した。
 写真2に、OTA TECHNO PARK内タイ・ナンブの工場における部品検査作業のようすを示す。また、写真3写真4に、同工場における機械加工のようすを示す。
 その一方、海外代理店を積極的に開拓し、アメリカ、韓国、台湾、マレーシア、インドネシア、ドイツ、イタリアに設置して海外マーケットを拡大していった。
 南武本社における10年間の売上げ推移を見ると、 1998年度と1999年度が若干減少した以外はほぼ増収となっており、とくに2002年度以降の伸びがいちじるしい。中でも「中子抜き油圧シリンダ」は堅調に伸びている。国内の従業員数も1995年度では43名が 2004年度には105名と大きく増加した。大田区内に新工場を設け、静岡県浜松市にも技術センターを立ち上げている。
 アジアへの生産シフトに伴い、産業の空洞化が生じ、多くの中小企業が受注の激減によるダメージを被る中において、積極的なグローバル展開をはかった南武は、危機を乗り切るだけに止まらず、高収益企業へと躍進したのである。すなわち、既存顧客に対する現地からの供給体制整備とコストの低減により、顧客からの信頼度を高め、国内における取引関係も一層深化させることができた。
 さらに、国内では従来付き合いのなかった顧客を進出先で新規に開拓した。低コスト体質への改善により生じた経営余力を活用し、国内の生産体制の拡充と技術開発の強化をはかっているのである。このようにして、南武は国内外ともに発展する経営基盤を構築するとともに、シリンダという生産財のブランドメーカーとして確固たる地位を確立することとなった。


写真2 OTA TECHNO PARK内タイ・ナンブにおける検査作業

写真3 OTA TECHNO PARK内タイ・ナンブにおける機械加工①

写真4 OTA TECHNO PARK内タイ・ナンブにおける機械加工②

図2 日本の貿易収支と所得収支の推移

アジアネットワークで持続的な成長

 南武以外にも、多くの大田区企業が自社の存亡をかけてグローバル展開に踏み切っている。アジアに生産拠点を設置し、産業の棲み分けを実現することにより、国内の経営基盤を強化することに成功しているのである注3)。
 ここで、中小企業が国外に生産拠点を設けること、すなわち直接投資を行なうことの意味を、日本の将来方向の視点から考えてみたい。
 通商白書(2006年版)は、「大きな構造変化の中、〔1〕グローバル化を生かした生産性の向上(GDP成長)と、〔2〕国際投資の構造的・質的転換による「投資立国」の実現(所得収支の拡大)、によって「持続する成長力」(「可処分所得=GNI」の持続的成長)を実現することが、私たちの未来のために求められている。これこそが、本通商白書のメッセージである」と述べている。
 実際、国際収支における所得収支の黒字額が、2005年4月以降貿易黒字を上回っている(図2)。原油価格や原材料の高騰により輸入総額の増加があり、貿易黒字を縮小したのに対し、対外投資に伴う所得収支が堅調に増加したことが要因である
 日本は1981年以降25年間も貿易黒字を継続してきたが、白書が述べるように、将来的には輸入増により赤字に転換する可能性がある。少子高齢化・人口減により縮小する懸念のある「可処分所得」を拡大し、「持続する成長力」を備えるためには、対外投資を重視することが必要となる。
 しかし現状では、対外資産の中でも収益率の低いアメリカ、EUに対する証券投資の割合が高く、直接投資のウェイトが低い。将来投資立国を目指すとしても、金融情勢に左右されやすい証券投資に依存するのでなく、実体経済に密接した直接投資の拡充が求められているのである。直接投資の収益率は、アジアが欧米より断然高い(表1表2)注4)。

 今後は、アジアに生産シフトした顧客が部品・素材を現地調達する傾向に拍車がかかると予測される。その動向に対応するため、多くの日 本の中小企業が、経営の存続をかけて拠点を設けようとする動きが活発になると考えられる。すなわち、中小企業がアジアにおける直接投資を牽引するということである。このことは、取りも直さず、日本の所得収支を安定的に増加させる効果を生じさせることになる。
 タイにおいては、外国から受け入 れる対内投資のうち、日本からの投資額が2004年で125,932百万バーツ、 39.7%を占めており、日本が最大の投資国となっている(表3)。日本から見ても、アジアにおいては中国に次ぐ投資対象国 である。ワーカーの定着性がよく、技術移転のしやすいタイは、機械工業の基盤技術を持った中小企業にとって、直接投資の対象地域として現時点で最適と判断できる。
 以上述べてきたように、OTA TECHNO PARKという小さなプロジェクトが、日本とタイ、さらには日本とアジアとの産業協力関係を深めるきっかけとなり、結果としてアジア全体の発展と日本の将来的な成長力の持続をもたらす萌芽となることを期待したい。

注1)「中小企業白書2006年版」経済産業省中小企業庁 2006.6
注2)「ジェトロ 日刊通商弘報」日本貿易振興機構 2006年6月23日、26日
注3)「中小企業におけるグローバル分業体制の構築」(財)日本地域開発センター『地域開発』 2006.7
注4)「通商白書2006」経済産業省 2006.7

この原稿は大河出版発行『ツールエンジニア』(2006年10月号)に掲載されました。

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