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大田区の製造業における技術革新

2004/10/08

(財)大田区産業振興協会
専務理事 山田 伸顯

1.地域産業におけるリストラの進行

 失われた10年といわれる1990年代は長期にわたり日本経済が低迷した。2000年にITブームが一時的に牽引したミレニアム景気の反動もあって、21世紀に入ってから日本の産業全体はかつてない落ち込みを経験した。日本の製造業の縮図である大田区の機械工業にも典型的な状況が現れた。2001から03年の秋まで続いた停滞感は異常なほど深刻で、工場数が2年連続で10%以上減少するという事態が生じた。この間に地域の製造業においては、廃業・倒産を通じてリストラが進行したと見ることができる。現在では、零細企業の景況感も徐々にではあるが回復傾向が見られる。しかしまだ、廃業予備軍とも言える債務超過企業は多く存在する。その一方で、03年秋以降急速に受注を回復した企業が出始めているし、そもそもこの10数年間の構造的不況下にあって、順調に業績を向上させてきた企業もある。

2.情報化に対応した製造技術革新

 製造業における仕事の流れは図面が基本である。かつて大田区の企業集積は、「図面を紙飛行機にしてビルの屋上から飛ばすと翌日には製品・部品となって戻ってくる」と例えられたことがある。ところが今日では、CAD・CAMによる情報処理で工作機械が制御できるようになり、職人の腕に依存しない加工法が主流となってきた。その変化を先取りしてきた企業がある。

 ①新妻精機株式会社は「試作のプロフェッショナル」を自負し、自動車、電機・電子などあらゆる分野の広範な顧客からの依頼に、迅速に応え続けている加工業である。コンピュータ制御の工作機械(NC機械)が出始めた1970年代にいち早く自社に導入し、加工のプログラムを制作し試作に取り組んできた。試作のような一品物については、いちいちプログラムを作るより熟練工が汎用の工作機械を使って手がけた方が速くできると言われた時代から、NC機械による製作を30年以上やり続けてきた。その結果、コンピュータ制御の工作機械の性能が飛躍的に向上した今日では、新妻でなければできないと言われる程の高度な加工技術を蓄積した。しかも毎年設備投資を行い、5軸制御のマシニングセンターなど常に高精度で最速のマシーンに更新している。スピードこそが付加価値の源泉であり、競争に勝ち抜く武器だという認識をもって経営戦略を推進している。

 今では、営業に出向くこともせず、専門誌への広告とホームページだけでPRしている。メールで注文が入ると、送られたデータを処理して試作品をつくり発送するという方法で仕事をこなしている。

 また、同社には若い社員が多く働いているが、その中に協力工場の後継ぎがいる。試作は毎回違う加工を行うため、1年経験すると3年分くらいの能力が身につくと言われ、実際3年ほど勤めると大変なレベルに達してくる。そうして親元に戻って同社からの注文に応えるのである。一種の後継者育成機関の役割を果たしている。

 ②株式会社インクスは1990年創設以来急成長を遂げた企業である。光造形からCAD・CAM による製造工程を一気通貫で流れるように徹底したデジタル化を追求し、それまで30日かかっていた携帯電話のアルミ製試作金型の製作を4日(スチール製量産型は10日)で可能にした。光造形は、光硬化性樹脂という液状のプラスチックにレーザー光線を当て、積層状に固めることでモックアップ(模型)を作る技術である。レーザーをCADデータにより制御し照射することで設計者の意図どおりのものが実物の形態で現れる。これまでは、職人の手作りで模型を作ったり、木型を作ったりしていたが、設計者のイメージにすり合わせるには時間がかかった。CADでは微細な修正が容易にでき、それ以降加工データに転換して製作に至るまで、デジタル処理の流れはスムーズである。

 モックアップ製作は川崎のソリッドリアリティセンターで、情報の制御は新宿のテクニカルセンターで、そして最終の金型製作を大田区の高速金型センターで行う。K2という二番目の金型センターは、整然とマシニングセンターが並び、ICチップによる工具のセッティング管理など一貫したプログラムでコントロールされる未来型工場である。また、造形をオーダーした顧客が現在の処理状況をウェブサイトから見ることができるようにシステムを構築している。ものづくりはサービス産業化することを予見させる先駆例である。

 CEOである山田眞次郎は、従来のMT(製造技術)とIT(情報技術)の融合により、「新・産業革命」と呼べる爆発的な生産性の向上を起こすことにこそ、日本のものづくりの未来があると述べている。(講談社 大転換思考のすすめ)

 この2社に共通しているのは、設計から製造まで一貫して3次元データの情報処理を行う「図面レス」の対応である。ITの融合により加工技術の流れを一変させ「情報工業化」に方向付けられたと考えるべきである。そうなった以上、それを担うために人材育成のあり方も転換していかざるをえない。2社とも社員の教育にはきわめて熱意がある。

3.コア技術を応用したプロダクトイノベーション

 情報化による製造プロセスの革新は、時空を超えて倍速以上のスピードを実現してきた。しかし、生産すなわち供給の能力を飛躍的に向上させるだけでは新たな消費を喚起させるのに十分ではない。デフレ傾向にあっては需要の拡大が経済活性化にとって最良の治療法であり、そのためには新製品・新技術開発により潜在的な需要を掘り起こさなければならない。プロダクトイノベーションである。

 その一つの事例として、ふくはうちテクノロジー株式会社を挙げる。

 同社はDLC(ダイヤモンドライクカーボン)薄膜という、ダイヤモンドに近い特性を持った膜をコーティングする技術開発に取り組んできた。硬くて傷がつきにくく、磨耗しにくい上に相手材料の損傷が少ないという性質がある。汚れがつきにくく、菌の繁殖を低減するという優れもので、透明度が高く、ガスを遮断する特性がある。

 製品への応用例として、PETボトルの内側にコーティングすることで、ビール瓶として使用できるようになる。この技術はすでにビール会社の関連企業に技術供与している。また、入れ歯に被膜することで汚れをつきづらくすることができる。工具や部品の耐摩耗性を高めることもできる。他にもこの技術を導入することにより、シックハウス対策としてホルムアルデヒドの発生源を検知できるシールを開発中である。

 同社は、区内企業3社と組んで東工大との共同研究開発を進めている。これに対しては、平成15年度から3ヵ年にわたり「地域新生コンソーシアム研究開発事業」の委託事業として認定され、国からの助成を得ている。現在大田区の産学連携研究開発支援施設に入居して、製品開発と市場開拓の準備を進めている。このような知的イノベーションを推進する企業は、地域産業に新しいインセンティブをもたらすに違いない。

 失われた10年の間に地域の先進的中小企業は、着実に創造的革新を実現しつつある。そうした企業のダイナミズムを遺憾なく発揮できるよう、集積のネットワークとの連携など、環境条件を整えることが公的支援機関の役割と考える。

本論文は 「財団法人製造科学技術センター発行のIMS VOL.15 NO.3(2004年8月)」に特集記事として掲載されました。

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