最近の中国事情:上海国際汽車城 ―中国自動車産業発展の象徴―
2004/11/08
(財)大田区産業振興協会
専務理事 山田 伸顯
1.急成長する中国自動車産業
中国の産業現場をこの20年来見つづけてきた一橋大学大学院教授の関満博によれば、改革・開放に踏み出した1978年末における自動車の生産台数はわずかに約15万台で、うち乗用車は約5千台に過ぎなかった。そのときの自動車メーカー数は55社とされ、安全保障上の配慮から省別のフルセットの産業構造が取られていたことから、自動車産業もまた各省に分散されていたという(プレジデント、ビジネススクール流知的武装講座2004年7. 14号)。
1984年に上海汽車とドイツフォルクスワーゲンとの合弁で上海VW(大衆汽車)が設立されたのを皮切りに、80年代は外資との提携が進んだことで乗用車の生産に取り組みだした。さらに、国際競争力のある自動車メーカーを育成するべく、三大メーカーとしての一汽VW、上海VW、そして東風汽車とシトロエンとの合弁の神龍汽車、及び三小メーカーとしての北京ジープ、広州プジョー、そしてダイハツからの技術供与による天津汽車を重点的に育成・発展させる「三大三小政策」が採られた。後に、軽自動車メーカーである長安鈴木と富士重工からの技術供与による貴州航天の「ニ微」を加え、「三大、三小、ニ微」と呼ばれた。しかし、90年代までは自動車生産全体で200万台を超えることができなかったし、乗用車の割合も90年代後半にやっと30%に達した程度である。
ところが2000年に生産台数が初めて200万台を超えると、2002年には325万台の生産を挙げ、うち乗用車が112万台となった。これは、国家経済貿易委員会が2001年6月に発表した「自動車工業第十次五カ年計画」の2005年生産台数目標(310万台と、うち乗用車110万台)をわずか1年で達成したことになる。2003年の総生産台数は444万台(前年度比35.2%増)で、フランスを抜いて世界第4位の自動車生産国に躍進した。そのうち乗用車は201万台(85.3%増)で総生産台数に占めるシェアが45%と伸びている。いよいよ中国が自動車生産においても世界のトップに駆け上がる可能性が現実味を帯びてきた。
この間、メーカーの競争も激化している。もはや従来の「三大、三小、ニ微」という枠組みではない新しい提携が生まれ、日本からもホンダ、日産、トヨタの本格的参入が急進展している。従来の三大メーカーの牙城が切り崩され、長安汽車と北京汽車が東風汽車を凌ぐ勢いで急伸してきた(表1)。
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2.中国自動車産業の課題
中国商務省は、これまで課していた自動車製品への輸入関税割当制度を2004年末までで廃止するとともに、自動車への関税をさらに引き下げることを明らかにした。中国のWTO加盟時の合意に基づくものである。これにより2006年以降関税率が25%に引き下げられると、国産車の競争力が著しく低下することが懸念されている。
中国国産車はスペックの割に高額である。中国では大雑把に言って中型車であれば、排気量にしてリッター当たりの販売価格は9~10万元(135~150万円)前後であり、同様の車種の日本国内販売価格の1.5倍程度と推定できる。筆者も2002年に広州花都区にある風神汽車(日産自動車と東風汽車集団との包括的合弁提携により現在は東風汽車有限公司)を訪ねた。そこで製造されていたブルーバードの価格は20万元(300万円)以上もしたが、9月の販売実績は5000台で、増産に追われているとのことであった。見ると窓枠がプラスチック製で、視察参加者の誰も購入する気にはならなかったが。
課題のひとつは、国産車メーカーの再編が遅々として進まないことが挙げられる。「中国には自動車の完成車を生産するものとして政府に登録されているメーカーが110社以上も存在する。もっとも、そのうち3分の1は休業状態で、半分以上は年間数百台から数千台の規模で、年間3万台を超える大手企業グループは10数社に過ぎない。」(グローバル競争時代の中国自動車産業 2004年 蒼蒼社)このような状況にあって、今後三大メーカーである「第一汽車集団」「上海汽車集団」「東風汽車集団」と、2004年上半期に東風汽車を抜いて第3位に躍進した「長安汽車集団」、及び「北京汽車集団」などの上位メーカーを中心とした産業の再編と規模の拡大が期待されている。
二つ目は、国内の脆弱な自動車部品産業である。「中国の自動車メーカーでは、内製率が高かったこともあり、部品メーカーに対する投資額は完成車メーカーへの投資額の4割前後と少なかった。」(同上)「品質管理能力や意識が弱く、生産管理技術も遅れており、品質が安定しない。また、技術開発力も弱い。」(同上)
したがって、中国の自動車生産が増大するにつれ、それ以上に外国からの部品輸入が急増している(表2)。主な輸入品目としては、オートマチック・トランスミッション、エアバック、ブレーキシステム(主にABS)、ステアリングなどのコアパーツである(同上)。また、完全ノックダウン(CKD)部品の輸入が増加しているが、中国内では組み立てのみを行うという形態で、完成車輸入の関税を避けてコストダウンする方向が取られる。
これに対し、国内の部品生産者を保護するねらいで、ノックダウン方式に追加課税を課すといった検討も行われた。完成車と部品の関税率が20%以上あることから、その差額を埋める程度の課税措置である。
こうした生産分野での課題の他、消費低迷をもたらしかねない懸念材料がある。サンタナを例に取ると、年間維持費(ガソリン代、保険料、修理代、駐車場代など)が1万元(15万円)かかったり、排ガス装置の設置義務化されたりなど(出所:IHCC Web Library)、所得水準からみて極めて高額な保持費を要すること。また、駐車スペース確保の困難に加え、上海市当局のナンバープレート発行数量制限など(同上)、社会的制約が重くのしかかっている。
事実、今年になってからの自動車需要には陰りが見られるようになった。今年6月にはメーカーなどが相次いで自動車価格を引き下げ、1-6月における乗用車の生産台数は月ベースで33.2%増、前年同期比でおよそ30%増加となった。一方で、乗用車の販売台数は月ベースで28.2%増にとどまっており、7-12月には供給過剰という傾向が加速することが予想されている。中国の自動車市場が急速に冷え込んだ要因として、今年5月に販売価格が下落したこと、来年の自動車関税引き下げを前に、輸入車の販売価格が暴落、消費者が市場動向を見極めようと買い控えしたこと、金融引き締め策の影響もあって、自動車ローンも厳しい規制の対象になったことなどが挙げられる(中国情報局)。8月には大手メーカーから違反者への罰金や自動車の供給停止などを盛り込んだ値下げ禁止令が出され、ディーラーが頭を抱えているというニュースが報じられた。
このような中、中国・国家発展改革委員会が新自動車産業政策を発表した。今年の6月1日に公布された「自動車産業発展政策」の目標は、①2010年までに自動車、二輪車、部品の有力ブランドを育成する。②業界再編を促し、企業規模と収益を高める。③国際競争力のある大型自動車集団を数社つくり、2010年に世界企業ランク上位500社入りを目指す。というものである。外資にとっては、合弁企業の出資比率については従来同様中国側が50%以上とされたが、輸出生産を目的とする合弁では例外となったため、輸出基地としての中国戦略を展開する契機ともなりうる。その他WTOルールや加盟時の公約に合致しない外貨バランス、国産化比率、輸出実績などの基準を廃止し、代わりにCKD生産では、輸入部品を完成車とみなして関税が賦課されることになった。
また、一方2005年から国産自動車とユニット部品に生産企業の登録商標を義務化した。商標に産地表示が入っていなければ、別途産地表示も必要となる。メーカーにブランド戦略に基づいた販売・サービスシステムの構築を重視させ、消費者の不安を解消するとしているが、合弁企業の中国側パートナーのブランド及び国内占有強化をねらっていると思われる。純血ブランドを志向する外国企業にとっては悩ましい問題となる。今後の中国自動車産業の動向は、この「自動車産業発展政策」をめぐって紆余曲折が起こってくることを想定しなければならない。
3.上海国際汽車城
今年9月26~28日に、第1回上海F1グランプリが開催される。F1会場となる上海国際賽車場(サーキット場)のコースレイアウトは、「上」の字をイメージした形状となっており、上海のグランプリにかける意気込みと自負を感じさせる。この会場が建設されているのが上海国際汽車城の中である。上海国際汽車城は2001年から市政府のプロジェクトとして推進されており、計画敷地が68k㎡という広大なものである。この計画地内に、貿易区、開発研究区、生産製造区、教育区とサーキット場がある。また、ここは市の西方に位置する上海市嘉定区にあり、その中の安亭鎮に当たることから、安亭新鎮と呼ぶニュータウンの建設も進んでいる。
生産製造区に上海大衆汽車(フォルクスワーゲン)の工場がある。サンタナ、パサート、ポロを生産し、国内シェア1位を占めている。この製造区には、「零部件配套工業園区」という自動車部品供給及び組み立ての工業団地がつくられている。現在、第3の工業団地建設まで進み、68k㎡の計画敷地が進出企業でほぼいっぱいになったとのことである。
貿易区では自動車の貿易展示場の建設が進んでいる。ここを拠点として対外的輸出入の拡大を促進する計画である。また、すでに上海大衆(VW)の販売ディーラー店や二手(セコンドハンド)と記載された中古車販売所がオープンしている。
上海から蘇州に至る高速道路のランプから5分の距離に位置する嘉定区安亭鎮は、10数年前まではニンニクとシイタケの産地で有名であった農村地帯であり、ここがほとんど工業団地に変貌したところである(はらだ おさむ 大阪府日中経済交流協会 経済交流レポート2002.12.18)。上海大衆(VW)に関連部品を供給する外国企業の誘致を目的として上海嘉定工業区を設立するため、この地域において大規模なプロジェクトが推進され、今日の汽車城の計画につながっていく。
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上海には、揚子江の支流である黄浦江に大橋を建設してから、急速に大都市に変貌した浦東地区がある。横浜市より巨大な533.44k㎡という面積をもつ浦東新区にも近代的な工業団地が形成されているが、従来農村地帯であったところを一変させる計画推進力とその権力には驚愕させられる。嘉定区安亭鎮の変貌はまさにその象徴であるといえる。
「零部件配套工業園区」にある中国のローカル企業を訪ねた。「上海新安電磁閥有限公司」という電磁バルブのメーカーであり、多品種にわたる部品製造を行っている。50年の使用権を持った敷地が10,000㎡あり、建物が4,000㎡の社屋である。(ちなみに、部品工業団地の土地のレンタル料金は平方メートル当たり25USDで、1回支払えば実質取得できる仕組みである。)同社の従業員は80名でほとんどが近隣から通勤しており、技術者の給与は月額約1,500元(22,500円)。プラスチック成形とコイル巻き及び製品組み付けは社内でこなし、金型とプレスは外注している。本社は貴州航天で、93年にこの部門が分かれて当地に移転したとのこと。下請1級会社という位置づけを得ている。上海交通大学の協力工場として試作も受けもっている。電磁弁の海外輸出をしており、ホンダの自動車電磁弁開発に協力したこともある技術力のある工場である。日本の企業に対して、金型の工場投資に協力をしてもらいたいということと、技術力のある電磁弁メーカーとの合弁も希望すると述べていた。工場長、副工場長とも元農民らしい純朴さをもった好感の持てる人物であった。
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中国の自動車産業は21世紀に入ってから劇的な飛躍を遂げようとしている。外資との提携がリードしてきた典型事例である上海大衆(VW)の本拠地において、F1レースに象徴されるような牽引役を担っているのが上海国際汽車城である。部品工業団地と大手メーカーとのコラボレーションを実現する総合的な地域計画。また中国国民に自動車の購買意欲を高め、消費需要により所得の向上を推進していくねらいを持った国際レース。周辺に快適な居住空間を配置し、豊かさを実感できる都市づくりなど、広大な土地を活用した巨大プロジェクトが中国自動車産業の長期的な発展を持続させるに違いない。
ただし、中国の産業動向はいつ急変するかわからない。
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今年になって、ドイツフォルクスワーゲンがかねてから要請のあった上海汽車からの乗用車・車体技術に関する供与を拒否した模様と報じられた。中国内で一番の人気車種である「サンタナ」の車体技術を導入する予定であった、上海汽車との長年にわたる提携関係がどのようになるのか注目に値する。何が起こるかわからないのが中国であり、日本企業の中国における産業展開にも常に覚悟を持って臨まなければとんでもないどんでん返しにあわてることになる。
本論文は 「財団法人素形材センター 素形材Vol.45 NO.9」に特集記事として掲載されました。
