連携コーディネート組織を目指して-大田区での取り組みから-
2005/06/07
(財)大田区産業振興協会
専務理事 山田 伸顯
1.大田区における産業集積機能の転換
大田区は、日本の産業基盤を支える精密で複合的な加工技術を持った機械金属工業の集積地として名が知られてきた。かつては「設計図を紙飛行機にしてビルの屋上から飛ばすと、翌日には製品となって戻ってきた」と言われ、総合的なネットワークとそれを生かした迅速な対応で、広く全国からの注文を受け止めてきた。しかし紙の図面がCADに代わり、技術が人の熟練に依存しなくなることで移転が容易になり、1990年代後半から中国を中心としたアジアの技術力の向上とともに急速に生産シフトが進んだ。その結果、日本全体の生産力水準が低下し、大田区への発注量も以前と比べると大きく減少した。
「失われた10年」と呼ばれる90年代の経済と産業の低迷が地域産業にボディーブローのように効いてきて、2000年のITバブルの反動となる21世紀に入ってからの落ち込みは、かつてないほど激しいものとなった。工業統計によると、大田区に2000年末で6165あった工場は、03年末では5039と急減した。83年にピークである9190に達し、その後の17年間で約3000の減少が起こったのに対し、この3年間にそのほぼ2倍のペースで減少したことになる。
これは、地域の産業リストラが急速に進んだ結果と見ることができる。毎年のコストダウンと短納期かつ高精度要請に対応できず、将来展望の持てなくなった中小企業が、債務超過に陥る前に廃業するという行動を取らざるを得なくなったのである。生産水準を示す製造品出荷額等も、ピーク時、1990年の1兆7941億円から2003年の8449億円と急落した。
従来から横請け型ネットワークがこの地域には機能しており、機械金属工業における加工業間で加工外注を行う「仕事の仲間回し」と呼ばれる相互補完的な双方向の取引関係が成立していた。かつては大量受注に対応できる仕事量の平準化機能が重要であったが、単純繰り返しの量産加工が減少していく中でその重要性は低下した。量産よりも複合的な多品種少量生産への対応が主力となってきた現在では、むしろ異なる業種間での技術・技能の相互補完機能がより重要性を増してきている。
この相互補完機能を発展させ、産業集積を生かした「地域の共同開発機能」に高めることで、大田区が得意とする試作力を最大限発揮することができる。規模の小さい中小企業の持つ技術領域は極めて限られている。しかし相互の連携を強化し、強みを出し合うことで、日本のものづくりにおける新たな役割を担うことが可能になるのである。
2.生産技術革新をもたらす地域の協力体制
「油圧継手」の専業メーカーであるトキワ精機(株)が開発した「まるみ君」と呼ばれる厚肉パイプの極小曲げ技術は、機械振興協会から平成16年度新機械振興賞の中小企業庁長官賞を受賞した。
建設機械や産業用機械などの高圧を要する部位に使われる油圧継手は、鍛造と中ぐり(穴あけ)という成熟化した生産技術で製造される。コストの低減も従来技術では限界があり、韓国や中国への生産シフトが加速していた。また丸棒を鍛造でL字型に成型したり、中をくりぬいたりする際に大量の廃棄物が排出され、歩留まりも36%と低く、環境保全上の問題があった。
そこで固定観念を捨て、厚肉パイプを曲げることにより中間工程の圧縮と省資源、廃棄物低減を実現しようと試みた。長いものと違い、短いパイプを曲げるのは決して容易ではない。管がつぶれ、内側がふさがってしまっては使い物にならない。曲げに伴う肉厚の変化で高圧に耐えられるか、量産をこなすための金型をどのように作るか。さまざまな課題に直面し、開発に着手してから販売を開始するまで3年以上を要した。
この間大きな助けとなったのが区内の企業仲間だった。試験片の製作を専門とするS製作所は、旋盤、フライス盤、マシニングセンター、放電加工機、プレス機などさまざまな加工機を保有する。設備も技術もないトキワ精機のため、地域の工業会の仲間として技術の提供も含めて開発に協力してくれた。トキワ精機の社長はS製作所に入り浸りで試作を行っていた時期もある。本業では金型など作らないS製作所工場で、パイプ曲げの金型の試作を繰り返した。
M工業所の社長は、トキワ精機の発案に対して豊富な知識に基づく評価を行い、生産技法に関するアドバイスをしてくれた。いわば開発戦略策定に当たっての参謀的役割を担った。また、古くからの知り合いである設計事務所のE社は、本格的な量産金型を考案し、設計してくれた。一つの金型で、90度までの任意の角度に自在にプレス成型する画期的な技術を確立できたのは、E社が存在したからである。
これらの地域企業ネットワークの援助に加え、公的支援機関との連携も大きな役割を果たした。東京都城南地域中小企業振興センターの技術者からは理論的アドバイスを受け、都立産業技術研究所では、1cm3当たり約250kgの油圧を掛けた耐久衝撃テストを100万回実施してもらった。東京都から1千万円の助成金を得られたことも開発に拍車をかけた。
また、この技術は、知財信託の第1号の契約となった。80年ぶりに改正された信託業法が2004年末に施行となり、特許などの知的財産権が信託の対象となったことを受けて、UFJ信託銀行と委託契約を結んだものである。中小企業にとって特許の防衛は容易でないが、信託対象となったものについては簡単には侵害できない。信託しても実施権は従前どおり維持しており、また、他の企業に実施料を取って実施させるという活用も可能となる。このスキームは、(財)大田区産業振興協会がUFJ信託銀行との提携により生み出したものである。
|
|
大田区の産学連携研究開発支援施設
|
3.産学公ネットワークが育む製品開発
大田区では、旧土木試験場を2004年2月から「産学連携研究開発支援施設」として企業の利用に切り替えた。現在入居しているのが、ふくはうちテクノロジー(株)である。
同社は、DLC(ダイヤモンド・ライク・カーボン)という炭素膜をコーティングする技術に関して、東京大学、東京工業大学との連携や地域の企業との共同研究を進める中核企業で、この技術を用いてさまざまな製品開発にチャレンジしている。
DLCは、硬くて傷がつきにくく、摩耗しにくい上に相手材料の損傷が少ないという性質があり、また、汚れがつきにくく、菌の繁殖を低減する。さらにガスを遮断する特性がある。ペットボトルにビールを入れられないのはガスが抜けてしまうからで、DLCをコーティングすれば新しいビールボトルが登場する可能性がある。すでにビール関連メーカーに技術を供与している。
現在取り組んでいるのは、味噌を入れるプラスチック容器の内側にコートし気体の通過を防止する技術である。食品の劣化原因である酸素を遮断し、酸化防止剤など添加物なしで品質保持期限を延長できる。なお、コーティングの膜厚は30ナノメートルであり、容器のリサイクルも可能となっている。
すでに商品化が進み、パートナー企業である日本リビング(株)によってこれから販売されるものが、「パッシブ・フラックス・サンプラー」と名付けられたホルムアルデヒド発生源検知シール(センサー)である。シックハウス症候群の原因であるホルムアルデヒド対策としては室内換気があるが、抜本的な対策としては多量の有害物質を含んだ家具などの設備を除去しなければならない。そのためには発生源を特定する必要がある。しかし従来の検知手段としては室内全体の濃度を測る方法しかなかった。そこで発生源と思われるものに、ホルムアルデヒドを感知して反応するシール状の検知部材を貼って検査するセンサーを考案したのである。
DLCコーティング技術が、この製品開発にとってのキーとなっている。協力者である東京大学・柳沢幸雄教授の名前にちなんで「柳沢センサー・ホルムアルデヒド」と命名したセンサーは、別途開発した放散量測定器を用いてホルムアルデヒドの放散量を正確に測定し、合理的な対策を施すための客観的なデータを示すことができる。恐ろしい化学物質過敏症の被害を未然に防止する手段として、この新製品の社会的貢献が期待される(柳沢幸雄他『化学物質過敏症』2002年、文藝春秋刊参照)。
東京工業大学大竹尚登助教授が開発したセグメント構造のDLCコーティング技術は、DLCが衝撃に弱いという欠点を克服するもので、この技術を実用化する共同研究開発に参加している企業が、ふくはうちテクノロジーのほか3社ある。それぞれの技術領域において、DLCの耐摩耗性・低摩擦や耐蝕性を生かし、金属材料にこれをコーティングすることで製品価値を高めることに取り組んでいる。
大田区産業振興協会が地域の産業クラスターとしてスタートさせたグループであり、同大学との連携で「地域新生コンソーシアム研究開発事業」の委託事業として採択され、国から平成15・16年度の2年間助成を受けて活動してきた。十七年度においても自主的に共同研究活動を継続している。
4.連携コーディネート組織の必要性
大田区産業振興協会が明確に産学公交流事業をスタートさせたのは、一九九八年度に都立産業技術研究所の出身者を相談員として配置したときからである。中小企業のニーズやシーズをつかみ、大学の研究者たちが有している専門分野との個別の結びつきや、地域クラスターを立ち上げての共同研究開発などを進め、連携の具体的成果が上がってきた。しかし、個人に負うところが大きかったため、その相談員による常時の相談体制が取れなくなった段階で産学連携がスムーズに推進できない事態となった。
大田区は、生産技術に立脚しつつもイノベーションを推進する創造的開発型企業が集積した、新しい産業地域として再生する必要があり、そのためには産学連携の強化が最重点課題である。当協会としては、継続的に連携推進できる体制を構築しなければならない。そこで、外部から見識と経験を有するスタッフを採用し、産学公連携の拡充・強化に努めている。
組織としてのコーディネート体制を構築することは、地域の企業との緊密なつながりを強めるだけでなく、全国的なネットワーク形成の中核として機能することができ、研究機関や支援機関との協力関係を拡大することが可能となる。
この原稿は「商工ジャーナル 2005年6月号」に特集記事として掲載されました。
