日本の製造業の強さを支える大田区中小工業
2006/04/14
(財)大田区産業振興協会
専務理事 山田 伸顯
日本の国際競争力の源泉
日本の工場における製造工程は、他国と比べると独特のものがある。大企業が行うのは製品の組立であり、それを構成する部品の中で 、特別なパーツを除き、大抵のものは下請企業から調達する仕組みとなっている。したがって、トヨタを始め代表的な日本のメーカーは、 膨大な数の協力企業を系列として傘下に置き、ジャストインタイム方式で部品を供給させて、無駄のない生産を続けているのである。
この体制は、第一次の協力工場から、二次、三次、四次さらにその下請まで、見事なピラミッド構造で成り立っている。その末端を支 えるのが従業者規模10人未満の小規模工場である。日本の製造業が国際競争において最も優位に立てるのは、最高の技術力をもったサプラ イヤーが最低のコストで部品を納入するシステムが形成されているからである。
日本の貿易収支が1981年以来連続して黒字を続けてきた要因は、輸出の80%を占める機械製品の生産が、このような中小企業による部 品供給の仕組みで行われているからである。すなわち、技術に優れた低価格な製品を生み出すことにより、日本は国際競争に打ち勝ち、貿 易収支が黒字となるのである。しかし、貿易黒字は結果として円高をもたらす。通常はその結果、輸出が減少し輸入が増加することで黒字 が減少または赤字となるが、輸出による経済成長を目指す日本の産業界は、さらに製品のコストダウンで円高を乗り切るため、下請からの 調達コストを削減しようとする。そのため下請には一層の技術改善を要求し、合わせて納期の短縮と高精度化を求めるのである。このサイ クルが繰り返されることによって、円高の進行にもかかわらず毎年貿易収支の黒字が継続した。
大田区機械工業の特徴
大田区の工業は、日本の中小企業の縮図である。工場数は、1983年をピークに減少し、2003年現在5,040となっている。そのうち従業 者数10人未満の工場は4,112で約80%、3人以下は2,525で約50%を占めるという、極めて小規模零細の経営形態である。業種は、金属製品、 一般機械器具、電気・情報通信機器、電子部品・デバイス、輸送用機器、精密機器製造業などが約75%の割合であり、機械金属工業に特化 している。大多数が受注生産形態で部品の供給や加工技術の提供を行っているが、特定大企業系列の下請でなく、複数の様々な分野の企業 を得意先に持っているのが特徴である。
機械部品の製作には、多岐にわたる加工工程が必要であるが、区内の工場は規模が小さいので、保有する技術は専門領域に特化せざる を得ないため、一社で完結した部品を製造することは困難である。そこで、小規模企業同士が「仲間回し」と呼ばれる仕事の「横請け」で 連携し、ネットワークを形成して技術を提供しあい、相互依存して生産する形態が一般的に見受けられる。したがって、自社の得意とする 技術に専門特化しても生きることができる。多様な機械加工技術を有する地域の産業集積がこれを可能としている。このような存立形態を 集積依存型企業と呼ぶ。
大田区の機械工業が全国的に有名になったのは、難度が高くかつ厳しい精度が要求される製作注文に対し、迅速に応えることで地域ブ ランドを構築していったからである。単品の受注を断らず、むしろ積極的に顧客の要望に対処する企業には、不況期にあっても注文が集ま る。セットメーカーが組立工場を海外にシフトさせた80年代にも、特注部品を製作できる企業には仕事が減ることがなかった。
こうしたレベルの大田区企業でも21世紀に入って売上が激減し、2000年から2003年の3年間で1000工場も減少したように、これまでに ない地域産業の危機に陥った。このことをもたらした主たる要因は、日本の中小企業が担ってきた部品の生産という高度な技術がアジアへ 急速に移転したことである。大田区の工業が特殊なものを得意にするとはいえ、日本全体の製造業が海外拠点にシフトする流れの中では影 響を受けざるを得なかった。
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大田区の中小企業は横請けネットワークにより仲間うちで技術を供給し合っている
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大田区の中小企業の海外見本市への出展
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タイのオオタテクノパーク
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アジアにおける産業の棲み分け
日本において90年代の前半は、バブル経済の崩壊に始まる長期的な構造不況が続き、後半は、中国を中心にアジアの技術力が向上した ことに伴い、生産シフトが加速され産業空洞化が深化した。
人件費をはじめとするコスト競争力においては、日本の国内産業は不利である。しかし、技術レベルが低い段階では、低労賃だけの理 由では生産の海外移転は進まない。急速に技術レベルが高度化した背景には、CAD・CAMという情報処理で製造を行えるITの発達があり、高 機能の工作機械の導入とあいまって高度な部品生産が可能となったのである。技術の発展に沿って、顧客がアジアに生産拠点を拡大し、現 地調達を増加させる動きがあるため、これに呼応し中小企業も国外進出を迫られるようになった。21世紀にかけて日本経済が低迷した根底 には、グローバル化の進行に伴う産業基盤の変動がある。
今後の製造業の進むべき方向は、アジアの生産拠点で担う分野と日本において発展・継続させる分野とを区分し、国際的分業体制を構 築することである。大企業では既に実施されていることであるが、中小企業においても、アジアの中での棲み分けと連携が不可避の課題と なってきた。
大田区は、これまで企業支援の重点事業として、海外の展示会に大田区の中小企業を共同で出展する事業を12年間にわたり行ってきた 。そうした中で、国外の現地法人を設立して工場立地するなど、グローバル展開する企業も現れてきた。
現在、タイのバンコク郊外で開発が進んでいる工業団地において、「OTA TECHNO PARK」という大田区中小企業向け集合工場(工場ア パート)の建設が行われている。これは、工業団地を経営するアマタコーポレーション(※)がレンタル工場として計画したもので、中小企 業の見合ったサイズの工場の受け皿を用意するものである。同社は、タイにおいて必要とする基盤技術を有している大田区中小企業の技術 力を高く評価し、その技術の移転を促すことで工業のインフラを強化し、さらに多くの企業誘致に結びつける意図がある。また、大田区の 中小企業にとって、日本から多数のメーカーが進出し、堅実な経済成長を続けるタイに分工場を設けることは、現地で生産拡大を進める顧 客の要請に応えるとともに、新たな顧客を獲得するチャンスを得る可能性がある。今年6月に集合工場が完成する予定で、優れた技術を持っ た大田区の有力な企業数社が入居の準備を始めている。相互のウィンウィン関係を築くことにより、タイと日本の産業協力につながる草の 根交流の一歩となることを期待している。
※ Amata Corporation PCL.
発行者Japan Economic Foundationの許可により、"Economy,Culture&History JAPAN SPOTLIGHT
Bimonthly" 2006年5/6月号24-25ペー ジより転載(当ページは翻訳前原稿を掲載)」
