メニューを飛ばして本文へ

地域産業界から見た日本版デュアルシステムへの期待

2007/02/22

(財)大田区産業振興協会
専務理事 山田 伸顯

1.大田区に誕生した都立六郷工科高校

 2004年4月日本で初めての単位制工業高校が設置され、企業で実習を受けた期間も修得単位とするデュアルシステム科がスタートした。ドイツのマイスター養成を担う二元教育制度を参考にした日本版デュアルシステムの発足である。

都立六郷工科高校インターンシップ
都立六郷工科高校インターンシップ

 聞き馴れないこの名前の学科を当初希望するものは少なく、30名定員のところぎりぎり29名の入学生が確保された。六郷工科高校のデュアルシステム科の特徴である企業実習は、1年次に行うインターンシップと2年次及び3年次に実施される40日間(3年次は選択でさらに40日間)の長期就業訓練である。
 問題は生徒を受け入れる協力企業が集まるのかということであった。しかし、開校までに1年次の受け皿としては十分な80社を超える企業が参画してくれた。この背景には、当協会が受入企業の候補を推薦したこともあるが、そもそもインターンシップに企業が理解を持つに至った経緯があった。


2.先行したインターンシップの取り組み

 大田区・品川区は、1998年2月に地域雇用開発等促進法による「地域人材育成総合プロジェクト事業対象地域」に指定された。それに伴い、1998年度から2002年度まで厚生労働省・東京都の支援を受けて、当協会が事務局となり、大田区と品川区における産業界及び高等専門学校・工業高校・総合高校と行政、ハローワーク等の協力を得て、相互の情報交換を行いながらさまざまな事業に取り組んできた。その事業の一つとして、インターンシップを推進してきたのである。参加学校は、都立工業高等専門学校(現都立産業技術高等専門学校)と大森工業高校(現大森学園)で、2000年度から2002年度まで実施し、延べ参加学生数186名、延べ受入企業数70社であった。
 当時インターンシップについて理解している企業はほとんど無く、「受け入れて訓練した生徒が卒業後採用できたら良い」という程度の試しの気分で協力してくれた会社が多かった。実際インターンシップを行ってみると、受入企業側の問題が露呈した。若年者を受け入れた経験のない企業が多く、教えるために工場の製造工程をマニュアル化する必要に気が付いた。何しろ熟練技能者は、先輩のやることを見て盗んで覚えろという時代に育ったものだから、人に教えるという方法が分からない。そこでこれまでやってきた工程を見直すことから始めた。熟練工にもこれまでにない刺激がもたらされた。
 結果として、インターンシップ先に就職することになった生徒は、ごく僅かであったにもかかわらず、多くの企業が毎年受け入れてくれた。それは、「将来の求人確保や学校とのパイプを作りたい」とか、「社内・社員の刺激、意識、士気の向上や業務の見直しができた」(「大田・品川地域 地域人材育成推進プロジェクト事業報告書」2003年3月、(財)大田区産業振興協会)という意見と同時に、中小企業経営者として将来の人材育成をしようという地域貢献の意識が根底にあったと思われる。
 インターンシップ事業は、国のプロジェクト事業の終了後も継続したが、他校にも普及され始めたため、先行実施した役割は果たしたと判断し、2005年度をもって大田区の主催事業としては完了した。通算6年間にわたり地域中小企業がインターンシップの受け入れを経験していたことは、工科高校のデュアルシステムをスムーズにスタートさせることに寄与したと思われる。

3.デュアルシステムの実施と成果

 都立六郷工科高校では、1年生の7月から2週間(10日間)の企業実習が始まる。初めての企業経験は必ずしもすんなりと行かず、溶け込めない生徒もいて、企業側にも戸惑いが生じ、学校への不満も示された。まだ中学を出たばかりの子供が社会体験をするに当り、親も学校もそうしたしつけをしてきていないのだ。その後、六郷工科高校の教員がフォローのため、延べ360社に及ぶ企業訪問を実施してきた甲斐もあって、企業と良好な関係を築くことができた。
 第2回目は9月に実施。12月に行う第3回目のインターンシップを経て、2年生になると長期就業訓練という本格的なデュアルシステムが開始される。最初は見習いのレベルで仕事の初歩を学ぶ。そのうち若い柔軟な習得力が生徒の技量を一気に高めるようになる。企業巡回で様子を見に来た教師に向かって「今では、先生より機械加工の技術がうまくなった」と誇らしげに胸を張るものも現れている。
 実践を踏まえることで、一人ひとりの潜在力が引き出され、モノをつくることに対する面白さを感じ取れたことも影響しているが、それ以上に、存在価値を自他共に認めることにより、生きることに意味と喜びを見出し、自分に自信を持てるようになったことが大きい。立脚点が見えてくることにより、若年であるにもかかわらず高い社会性を身につけてきているのである。
 このことは、学校で行った生徒の意識調査にはっきりと現れている。
 インターンシップなどの経験をしたことのない工学科2年の生徒と、デュアルの1・2年の生徒に行った調査がある。創意工夫、課題に対する行動・判断・責任、生活習慣、整理整頓、作業への集中といった自律性の設問があり、挨拶など人との関わり、報告・発表という表現能力、学校と企業との学びの関わり、社会のルールやマナーなど社会性を問う項目がある。さらに職業観についても問うている。その結果、企業実習を行った生徒の能力が伸びており、特に40日間の長期就業訓練を経たデュアルの2年生は、社会で自信となる生きる力、耐える能力、他人と協力・協同する能力、現実を踏まえ前向きに将来を考える能力、社会のルールやマナーを理解する能力、自ら学ぼうとする積極的な能力などにおいて、著しい伸長が見られた。自分と社会との関わりを、身をもって体得したことが伺える。「家族や家庭生活の大切さを理解する能力が身についた」という最後の質問に対し、「以前と比較して十分に身に付いた」、または、「大体身に付いた」と応えた生徒が合わせて100%であった。
 3年生になって、再び2年生の時と同じ長期就業訓練先である企業に通う。気心が知れた先輩たちとの関係はさらに深まり、企業にとっても有力な戦力となる。9月に開催された「企業実習生徒成果発表会」では、長期就業訓練の経験から学んだことを生徒が堂々とプレゼンテーションを行った。顔つきも体つきも見違えるようになっていた。
 その会社や仕事と本人との相性が良ければ、卒業後の就職という道が開ける。実際デュアルの3年生17名中52%に当たる9名が長期就業訓練協力企業への就職を希望している。もちろん別な分野や上級学校を志望する生徒もある。しかし、生徒がかなりの割合で協力企業を選択することは、会社からすれば事前に適性を見極めた上で生徒を迎えることができ、ミスマッチを防ぐことになる。最初の出会いのまま就職することは、選択肢を狭めるのではないかという意見もあるが、そんな心配は不要である。実際に飛び込んでみて、後で合わなければやり直せばよい。なぜなら、彼らは技術・技能を身に付けているので、再チャレンジはいくらでもできるからだ。





六郷工科高校 生徒意識調査

4.デュアルシステムの実施と成果

 大田区産業振興協会は、2006年12月13日に大田区産業プラザにおいて「若者と中小企業とのマッチングフェア―大田区モノづくり企業展―」を開催した。大田区製造業38社に出展参加してもらい、来場した工業高校生たちに自社の技術をPRする交流の場を設けたのである。技能の実演や独自の製品を通して若者にモノづくりの魅力を伝えることで、技術継承を促そうという試みである。


若者と中小企業とのマッチングフェア

 1000人を超える来場者で盛況であったが、特に高校生は初めて目にする技術に興味津々で、顔が輝いていたのが印象的であった。モノづくりが実際にどのような形で現れるのかを見聞することにより、自分たちが学習していることの意味を理解するきっかけになったのではないかと思われる。企業者も子供と同じ世代を相手にして最初は戸惑いもあったが、熱心に声をからして説明したことで、初めての世代間交流ができたことに満足げであった。
 逆に言えば、このような機会が余りに少ないということである。工業高校であっても、実際に企業現場で体験することがないのでは、生徒は現実感を持ちようがない。工業とはもともと人に役に立つものをつくり出すことである。社会性を前提にして成立することなのだ。全日制の生徒も積極的に企業実習を受けられる仕組みが必要である。
それには、第一にしっかりとしたデュアルシステムの制度を構築すべきである。企業が必ずしも採用に至らない生徒を預かり、実習という手間と報酬・交通費などを支給することに対し公的負担はしないなど、企業への丸投げに近い。高校の教員の企業訪問による超過勤務は原則認められないなど、教科の責任体制があいまいで、教員の個人的努力に依存しすぎている。
 新しい取組を成功させるには、ボランティア精神が欠かせないが、いつまでもそれを当てにしていたのでは制度が整備されず、いずれ問題が表出し行き詰ってしまう。ドイツのような公的負担を導入しないのであれば、いっそのこと中学卒で企業が採用し、生徒は就業しながら定時制のデュアルシステム科に通学するという仕組みにすることも考えられる。当然、企業における就業時間を実務代替という扱いにして、修得単位に認定できるようにするという制度である。
 第二に、就学と就業の既存の枠組に縛られない、柔軟なデュアルシステムが産学公協力で形成されなければならない。少子化・人口減の時代に入り、かつてのように過当競争を生き残ったものだけが企業社会を担うという産業構造が成り立たなくなってきた。したがって一人ひとりの能力を、個性に応じて最大限伸ばす教育が学校にも企業にも求められている。
 現在の制度では、生徒が入学後この分野に向いていないと気づいても、転学が難しく進路の変更は容易でない。正規の就職ができない場合、アルバイトやフリーターのまま、自分の適性を見出せないで埋没してしまう惧れがある。就業と就学が比較的自由自在に選択できる社会システムをつくる必要がある。
 スタートしたばかりのデュアルシステムには様々な解決すべき課題があるが、地域の産業界は大きな期待を寄せている。インターンシップ及び長期就業訓練の受入協力企業が、大田区を中心に現在150社を超えているのは、その期待の表れである。人材育成に係る企業の社会貢献意識はきわめて高いと言える。
 人口減少下において、産業構造の転換を迫られている日本が持続的発展を遂げるためには、得意とする技術を維持し先端的開発を担い推進すること、また、感性を磨き、創造的文化を切り開くことが不可欠である。そのために国と地域を挙げて取り組むべき課題は、技術・技能の継承を促すとともに創意工夫する人材を育成することである。若年期からの実業教育こそがその課題に応える有効な方策であり、学校制度を転換し現場実習の受け皿を拡大することが急務である。デュアルシステムの普及は日本の人財輩出のエンジンとなるに違いない。


この原稿は(財)産業教育振興中央会 月刊「産業と教育 2月号」に掲載されました。

ページトップへ戻る