日本の中小企業の現状と支援策
2009/10/31
中国瀋陽中小企業国際大会におけるプレゼンテーション
日本の中小企業の現状と支援策
財団法人大田区産業振興協会
専務理事 山田伸顯
この論文は、中華人民共和国と遼寧省人民政府の共催による中小企業をテーマとしたフォーラム「中国瀋陽中小企業国際大会(2009/10/16)」でのプレゼンテーションを基にしています。日本のほかアメリカ、韓国、台湾から関係者を招待してプレゼンテーションが行われました。
※プレゼンテーションで使用したスライドは一部のみ掲載しています。
私は、日本を代表する精密機械工業のまち、東京大田区から来ました。中国瀋陽中小企業国際大会において報告の機会を与えられましたことに感謝いたします。
はじめに東京大田区にある羽田空港の写真をお見せいたします。すでに上海虹橋空港及び香港国際空港と直行便が結んでいますが、今月には北京と羽田の直行便が就航します。来年10月には国際ターミナルが完成し、羽田空港は再び国際空港となります。ますます中国と大田区との通行時間が短くなります。
1.日本の製造業の落ち込み
アメリカから発した世界金融危機でありながら、日本の産業は激しく落ち込んでいます。なぜなら、日本の基幹産業は自動車等の輸送機械、電気・電子機器、工作機械などの一般機械で成り立っており、これらが世界に輸出されるグローバル生産材であるため、世界的不況をまともに受けたのです。この分野の鉱工業生産指数は、昨年11月から今年の2月までの4ヶ月間で40%も下落しました。 アメリカと比較すると、自動車、電気・電子、一般機械の鉱工業生産に占める割合ははるかに大きく、輸出の比重も大きいのが特徴です。今年の5月から多少回復の兆しが見えますが、決して状況は明るくありません。
日本は1981年から貿易の黒字を続けており、輸出の拡大を牽引したのは機械産業です。2008年の貿易収支は、原油や資源の高騰により大幅に下落しましたが、10月までは輸出も堅調でした。11月以降大きく落ち込んだため、2009年の貿易は輸出入とも減少すると思われます。
2.グローバル化とアジアの産業連携
そのような中にあって、アジア特に中国との貿易は大きく伸びてきています。日本の対アメリカ貿易は低調で、2000年以降伸びていません。それに比べ、日本の中国との貿易は著しく伸びており、香港経由で中国に輸出入されている額を算入しなくとも、すでにアメリカとの貿易総額を超えています。日本は東アジアとの緊密な経済関係が形成されてきました。
東アジアとの関係は貿易だけではありません。 直接投資においても東アジアを最重点にシフトしています。最近では大企業の生産工場の移転よりも、中小企業の現地工場設立に伴う直接投資が増加しています。 直接投資による収益が増大したため、国際収支においても所得収支の伸びが堅調で、すでに2005年から貿易の黒字を上回っています。海外進出した企業の目的も、生産コストの削減よりも市場開拓を重視するようになりました。現地法人を設けた中小企業にとってもメリットが大きくなっています。
なお、域内貿易においてEUとNAFTAが最終製品のウェイトが高まっているのに対し、中間財貿易が伸びているというのが東アジア貿易の特徴です。
3.日本の中小企業政策
ここで、日本の産業組織について説明したいと思います。
日本の製造業は中小企業に支えられており、従業者規模300人未満の中小企業の事業所数は全製造業事業所の99%を占め、従業者数は74%を占めています。日本の工場における製造工程は、他国と比べると独特のものがあります。大企業が行うのは製品の組立であり、それを構成する部品の中で、特別なパーツを除き、大抵のものは下請企業から調達する仕組みとなっています。従って、トヨタを始め代表的な日本のメーカーは、膨大な数の協力企業を「系列(ケイレツ)」として傘下に置き、ジャストインタイム方式で部品を供給させて、無駄のない生産を続けているのです。
この体制は、第一次の協力工場から、二次、三次、四次さらにその下請まで、見事なピラミッド構造で成り立っています。その末端を支えるのが従業者規模10人未満の小規模工場です。日本の製造業が国際競争において最も優位に立てるのは、最高の技術力をもったサプライヤーが最低のコストで部品を納入するシステムが形成されているからです。
日本の貿易収支が1981年以来連続して黒字を続けてきた要因は、輸出の70%以上を占める機械製品の生産が、このような中小企業による部品供給の仕組みで行われているからです。すなわち、技術に優れた低価格な製品を生み出すことにより、日本は国際競争に打ち勝ち、貿易収支が黒字となるのです。しかし、貿易黒字は結果として円高をもたらします。通常はその結果、輸出が減少し輸入が増加することで黒字が減少または赤字となりますが、輸出による経済成長を目指す日本の産業界は、さらに製品のコストダウンで円高を乗り切るため、下請からの調達コストを削減しようとします。そのため下請には一層の技術改善を要求し、合わせて納期の短縮と高精度化を求めるのです。このサイクルが繰り返されることによって、円高の進行にもかかわらず毎年貿易収支の黒字が継続しました。
しかし今日では、日本の産業は世界の最高レベルにキャッチアップしたため、自ら先端分野を切り開かなければならなくなりました。大企業は効率的な「系列」構造に依存するだけではなく、高度な技術開発力を持った自立した中小企業と提携する必要が生じました。そうした流れによって、取引構造が「系列」型から「メッシュ」型に変化してきているのです。
このように国際競争力の源泉は、中小企業が持つ技術力にあり、その技術は基盤技術と呼ばれるあらゆる産業の基礎となるものです。 先端産業は時代の変化とともに変遷し、かつては繊維産業や重化学工業であったものが、自動車やコンピュータに移行しました。日本政府もこの基盤技術を重視し、先端的開発を推進できるのもこうしたサポーティングインダストリーが盤石であることが不可欠と位置づけています。日本が今後とも国際競争力を維持するために、「中小企業のものづくり基盤技術の高度化に関する法律」を制定し、この基盤技術の先端的開発を支援する体制を整備しました。
平成16年(2004年)5月に当時の中川経済産業大臣から経済財政諮問会議に報告された「新産業創造戦略」には、先端的な新産業分野として取り上げるものに燃料電池、情報家電、ロボット、コンテンツを掲げ、今後の日本の将来発展を支える戦略分野として位置付けました。これらの産業分野は確かに日本が世界をリードするものであり、現在もなおトップランナーであることは間違いありません。なぜ、それが可能となったのかを考えると、こうした産業を構成する要素が、世界を牽引できるほど優れているからです。たとえば、半導体、材料、製造装置、IT・デジタル技術、センサー、ソフト等々は、トップレベルの技術であり、先端分野の産業に部品などの構成要素として供給されています。しかし、さらに深く考えてみると、こうした優れた構成要素がなぜ供給できるかといえば、それを生み出すための基盤技術が他の国を圧倒するほど高レベルにあるからだと気付きます。つまり、鋳造、鍛造、プレス、めっき、切削、熱処理、金型などの技術は、アジア諸国が追い付こうとしているにもかかわらず、やはり日本の水準は群を抜いています。これらの基盤技術は、中小企業によって担われています。中小企業は資金力などの経営資源が乏しく、技術革新を進める余力が十分にあるわけではありません。したがって、日本の国際競争力の源泉ともなっているこの基盤技術でも、このまま放置すれば他国に追いつき、追いぬかれる恐れがないとは言えなくなりました。そこで、国としても、基盤技術を抜本的に革新する高度化支援を取る必要に迫られたわけです。
「中小ものづくり高度化法」は、平成18年(2006年)に施行され、全国の中小企業が連携して取り組んできました。技術を持った中小企業が川上で、それを製品に導入して市場に投入する比較的大きな企業が川下となって、取引関係を深めるとともに情報の共有を進めています。
つまり、日本の中小企業政策は、必ずしも中小企業を大企業にステップアップするということを考えていません。中小企業は独自の存在価値があり、中小企業のままでも重要な役割を果たすとしてその存続を維持する政策を行っているのです。
4.大田区の中小企業支援
大田区は、従業者規模10人未満の工場が80%以上を占める小零細企業が集まった地域です。しかし、高度技術力を持った機械加工業が集積し、専門的技術の企業ネットワークが形成され、他の地域ではできない試作機能を発揮し日本の先端的開発の一端を担っています。
東京都市部の一角に位置する大田区では、地価が高く工場を操業するには適さなくなってきています。しかし、試作のような迅速な加工技術を必要とする機能を維持するためには、高密度な企業集積が不可欠です。そこで、大田区としては、国の支援を受けて工場ビルを建設し、そこに中小企業を集結するという政策を実施しました。専門的技術を持った企業をネットワークで結合し、大企業から求められた技術課題をスピーディーに解決しています。
次に、人口が減少する日本において市場拡大が困難になる中、産業のグローバル化により一層厳しい競争条件に立たされている企業が海外に生産拠点と販路を求めてシフトしていますが、中小企業も技術力が高まったアジアに拠点を設立してきています。しかし、大田区の大多数を占める小規模企業が海外に生産拠点を設けるには、負担が大きくリスクも高いのです。
そこで大田区産業振興協会は、安定した経済成長を続けていて、日本のメーカーが多数生産拠点を設けているタイに着目しました。タイ国内の最大の工業団地に働きかけ、団地内に「オオタ・テクノ・パーク」という大田区の中小企業向け集合工場を設置していただきました。2006年6月にオープンし、約2ヘクタールの敷地に現在2棟建設されています。1スパンの大きさは320㎡で、3スパン使用している企業もあります。
タイは、各国と積極的にFTAを締結しているため、ここを生産拠点にすることで製造品をアセアン諸国やインドに輸出できるようになりました。
中国との関係では、上海市小企業生産力服務中心(サービスセンター)と5年前から相互協力協定を取り交わし、上海における展示会への出展に支援していただいています。また、大田区の工業団体である大田工業連合会は、大連市との産業交流を進展させています。大田区と大連市との関係も相互交流を通じて深まりつつあります。
国内においては、全国的な展示会に中小企業を共同出展させるなどマーケティング支援を行ったり、産学連携を推進して新しい技術開発を促したりしています。また、当協会が管理している大田区産業プラザでも、日本全国から企業を集めて商談会を開催しています。
5.アジアとの連携強化による産業の棲み分け
大田区には世界のトップシェアを占める製品を生み出している企業があります。例えば、自動車の車体後部に装着されているリフレクター(反射板)を製造する金型を生産する日進精機です。リフレクターは、自動車の夜間走行時に後続車のヘッドライトに反射して先行車の位置を知らせるもので、一定の車間距離で反射しなければ役に立ちません。そのために反射板のプリズムの形状と角度には、高い精度が要求されます。この金型のマスターは、金属の塊を加工する通常の型の製造方法ではなく、細い尖ったピン(ペンシル状の矢)を束にするという方法で作られます。そのピンの一本一本が鏡面状で、かつ厳密な精度で仕上げられなければなりません。
また大田区の企業は、規模が小さいが独自の高度な技術力を発揮して今日まで生き残ってきました。アジアのどの国の技術よりも優れており、今後とも優位にあるのは熟練性を要するアナログ的な技術です。
岩井製作所の73歳になる岩井社長は、未だに現役を続けており、不況期にあっても仕事は充分に確保しています。瀬戸内海に渡る大橋に掛かるケーブルの両端を引っ張って橋を保持している300本のシリンダーは、彼がすべて一人で製作しました。500系の新幹線がカーブでスピードを落とさずに曲がるための揺れ止め装置も手がけました。コンピュータ制御の工作機械では加工できない技術を担っているのはこうした熟練の職人です。
上島熱処理工業は熱処理技術のスペシャリストです。塩浴法という焼入れ技術は、数値化できない技術ですが、金属の堅牢さを増すために不可欠のものです。こうした技術を持ち続けている企業は今日では希少となり、他ではできないため全国から注文が集まってきます。この工場の第一線で指導に当たっている工場長は、75歳の現代の名工に選定された職人です。
こうした熟練技能は、人から人へ時間をかけて伝承されています。最新の工作機械が設備されれば最先端の技術が得られると言うのは錯覚です。技術の根幹を担うのは人間であり、人材育成が重要です。
こうした人材を育成し、難度の高い技術を確立し最高の精度を実現するのが日本の技術の強みです。これからの日本は、大量生産を続けるのでなく、成熟した技術はアジア諸国に任せ、高度技術に特化して最先端の開発にシフトすることが取るべき戦略です。貿易の黒字を拡大することは限界に近づいています。得意とする分野に集中し、各国と協調してアジアにおける産業のネットワークを形成することが相互の利益をもたらす「ウィンウィン関係」を構築する方向なのです。
