タイに展開する中小金型企業の戦略-JAPANブランド育成支援事業-
2005/04/18
(財)大田区産業振興協会
専務理事 山田 伸顯
はじめに
大田区の工場経営者とミッションでタイ・マレーシアを視察したのは、1996年の6月であった。バンコクの南東の工業団地にある企業に行き着くのに、まず市街地を抜け出すまでに1時間余を要し、そこからさらに車で2時間がかかった。午前中に予定した企業訪問をキャンセルし、午後2社を訪ねた後、バンコクに戻れたのが夜の8時頃だったと記憶している。中古車のエアコンをかけっぱなしで、身動きできない街路での車のデートが若者のステータスのように思われていた。市内の高速道路に乗ったが最後、1時間で1kmしか進めなかったことを思い出した。バンコク市長が当選後、選挙期間中に車の排気ガスで肺を傷め、入院したと報じられた。この国は交通のインフラが改善しない限り、経済の発展は考えられないと感じたものだった。
8年後の今回は、バンコクの市街地から直結するインターで高速道路に入ると、アウトバーンのような直線を、乗用車の速度制限120kmのところ170kmで飛ばし、かつて3時間かけても到着できなかった同じ場所に1時間で行き着いてしまった。市内の交通渋滞は相変わらずのところもあるが、99年にはスカイトレイン(高架鉄道)が開通し、04年には地下鉄が市内中心部を走り始めた。猥雑な雰囲気の漂っていたバンコクが、精錬された現代都市に生まれ変ろうとしている。
不覚にも、アジア通貨危機の先駆けとなったタイのバーツ急落と、それに連動した経済危機について深く考えもせず、これから産業発展の重点は中国だと短絡的に発想してしまっていた。ましておっとりとしたタイ人が、経済危機をバネにして産業の構造改革を成し遂げるなどとは夢にも思わなかったのである。しかし、今回タイの状況変化を目の当たりにし、これまでの認識のなさを深く恥じることとなった。
1.タイの自動車産業の動向
90年代に年率8%の成長率を示したタイの経済は、アジア通貨危機によって、97年にマイナス1.4%、98年にはマイナス10.5%に落ち込んだ(※1)。
自動車産業も96年に56万台生産まで伸びていたものが、97年36万台、98年15万台まで生産が減少した。販売動向はさらに厳しく、国内新車販売台数は98年に14.4万台に落ち込んだ(※2)。進出した大手メーカーは、この間の国内販売低迷を打開すべく、タイを輸出拠点として国外市場に対応できる生産技術の高度化を推進してきた。
輸出主導で持ち直した結果、自動車生産は99年以降徐々に回復し、2002年には過去最高記録となる58万台、03年は75万台となった。国内販売もその後回復し、02年には前年比38.6%増の40.9万台、03年は53.3万台となった。タイ工業連盟(FTI)自動車部会によると、04年の生産台数は前年比23.7%増の92万8,081台と3年連続で過去最高を更新したと報じられている(NNA各国ニュース2005年2月11日タイ)。
「アジアのデトロイト」を目指す、自動車産業の目覚しい成長に支えられ、タイの経済全体も99年以降着実に復興を遂げた。最近の景況についても、「タイ中央銀行が1月31日発表した2004年通期の経済報告(速報値)によると、年間を通じて景気は順調に拡大した。原油価格高騰などで景況感が悪化したため生産、投資の伸びは鈍化したが、輸出は絶好調。インフレ率も後半になり低下傾向になったほか、外貨準備も増加しており、経済は十分安定しているとされる。」(NNA特報)
日系の自動車メーカー各社とも、特に1トンピックアップトラックの生産基地としてタイに拠点を集結してきている(※3)。いすゞはタイにおいてピックアップトラックの販売台数がトップであるが、2003年6月には日本の主力工場である藤沢工場での生産を停止して、すべてのピックアップトラック生産をタイに移管した。三菱自動車は、完成車の輸出に力点をおきタイの中では最大規模を誇る。ピックアップトラックの生産は、通貨危機前から取り組んでおり、今後さらに増強する計画である(※4)。
トヨタも負けてはいない。タイ国内販売シェアは、商用車でこそ2位にあるが、乗用車の1位と合わせてトップシェアを占める。2004年8月にタイを皮切りに、国際的多目的車であるIMV(イノベーティブ・インターナショナル・マルチパーパス・ビークル)の生産をスタートさせた。IMVは需要地に適した車種を部品調達から生産・販売まで現地で完結する初の取り組みとなる。具体的には、AFTA(ASEAN自由貿易地域)を活用し、関税の引き下げの効果によりマレーシアから電子部品やエンジン制御部品、インドネシアからガソリンエンジン、フィリピンからトランスミッションを調達して、完成車をタイで組み立てるといった垂直型生産体制である(※3)。その完成車をアジア、オセアニア、ヨーロッパに輸出する世界戦略である。
IMVは今後、インドネシア、南アフリカ、アルゼンチンを生産拠点として拡大していく。
トヨタ自動車は2006年に、タイの車両生産拠点の能力を、現在の年25万台から45~50万台に引き上げる方針を固めたと言われる(中部経済新聞社2004年8月10日)。ホンダはタイにおいて乗用車を主体に生産体制を強化し、日本にタイ生産の「フィットアリア」を輸出し、同じ小型車のインドネシア、マレーシア、フィリピンへの輸出も計画されている。完成車輸出は4倍増となったと言う(※4)。
また、欧米系メーカーも設備増強を進めている。GMはいすゞ、オペル、スズキ、富士重工をグループ企業として傘下に置き、タイでの生産拠点強化を図っている。フォードはマツダとの合弁工場AATでピックアップトラックを生産し、輸出とともに国内シェアの一角を占めている。
タイでは、ピックアップトラックが約60%の市場を占めると言われる特異な状況にある。これは購入時に課される物品税が5%で、乗用車の40%と比べて比較的低価格で購入できることが大きく左右している。結果として、タイにおいてはピックアップトラックの生産を増強することとなり、それが世界市場に輸出できる戦略製品となりえたという見方がある(AAT社長佐伯俊秀氏談 ※5)。
このように、タイに進出した自動車メーカーは、タイを中国のように巨大な市場に対する消費地生産拠点と捉えるのでなく、世界市場に向けた生産拠点と位置づけている。かつ、生産を一国内で完結するのでなく、まして日本からの基幹部品輸入に依存するのでなく、ASEANのAFTA(自由貿易地域)という利点を最大限に活用し、広域的地域内の技術補完によって一貫生産を可能にしようという戦略を立てている。それを支えられるだけの生産基盤がタイに形成されてきたということになる。
※1 信金中央金庫 「アジア業務相談室情報Vol.24-1タイの投資環境」 2003.12.26
※2 同「同Vol.24-2タイの投資環境」 2004.1.7
※3 みずほ総合研究所 「みずほレポート タイ自動車産業」 2003.10.2
※4 在タイ日系企業向けJETROメールマガジン 2004.1.12
※5 社団法人日本自動車工業会―在アジア自動車メーカートップに聞く 2001.10
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(出典:りそな銀行アジアニュース 平成16年7月22日) |
2.貿易概況と投資環境
在タイ日本国大使館が紹介しているタイ王国の主要経済指標(2003年)は次のとおりである。
貿易の伸長と経済成長は密接な関係にある。高度成長期には日本の貿易の拡大は世界全体の貿易拡大と比して2倍の伸び率を示した。中国はさらにそれを上回る貿易拡大を続けている。タイにおいても同様な関係が見られるが、特筆すべきは1997年の経済危機以前とそれ以降の著しい変化である。97年までは慢性的な貿易赤字が続いていた。それが経済活動の低迷から輸入が急減し、回復後も輸出が常に上回る状況に変わった。経済危機以前にもタイの経済は高度成長していたが、貿易赤字を外資導入で切り抜ける危うい体質であった。しかし、産業のインフラ整備が進み、技術の高度化に裏打ちされた力強い生産体制が構築されてきたことが、貿易収支からも見て取れる。
| 表1 在タイ日本国大使館が紹介しているタイ王国の主要経済指標 | ||
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| (イ) | GDP | 5.94兆バーツ(日本の約34分の1) |
| (ロ) | 一人当たりGDP | 2,236ドル(日本の約17分の1) |
| (ハ) | 経済成長率 | 6.7%(2002年5.4%) |
| (ニ) | 失業率 | 2.2%(2002年2.4%) |
| (ホ) | 最低賃金 |
170バーツ/日(バンコク、2004年1月改定) (従来169バーツ) |
| (ヘ) | 総輸出額 (2003年) |
784億ドル 主要輸出品 (1)コンピューター (2)集積回路 (3)自動車・同部品 (4)天然ゴム 主要相手国 (1)米国 (2)日本 (3)シンガポール (4)中国 (5)香港 |
| (ト) | 総輸入額 (2003年) |
742億ドル 主要輸入品 (1)電気機械・同部品 (2)産業用機械 (3)原油 (4)化学製品 (5)集積回路 主要相手国 (1)日本 (2)米国 (3)中国 (4)マレーシア (5)台湾 |
| (チ) | 通貨 |
バーツ 1米ドル=41.5バーツ(2003年) 1バーツ=2.8円(2003年) |
同様にアジア通貨危機以降貿易の黒字を続けている国は、隣のマレーシアである。しかし、もともとマレーシアは液化天然ガスなど豊富な天然資源を輸出し、慢性的な赤字体質ではなかった。問題は、GDPに占める輸出の割合(貿易依存度)が100%前後ときわめて高く、他国の景況に左右されやすいことと、音響映像機器や半導体・電子部品の生産が主力で、アメリカのIT不況の影響をまともに受けたり、人件費の安い中国の生産が拡大してきたために国際競争の優位性を失ったりする危険性が高いということである。
タイも輸出依存度は55%前後であり、同様な問題を抱えているが、主力が自動車産業に移行してきており、裾野の広さという点で技術基盤ははるかに厚みを有している。
日本にとってタイは、輸出先順位が7位(シェア3.4%)、輸入先順位は11位(シェア3.1%)にある重要な貿易相手国である(日本貿易振興機構「2003日本の貿易相手国TOP50」)。タイにとって日本は、輸出先としてはアメリカについで2位、輸入先としてはトップを占める極めて重要なパートナーである。
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(出展:「日本の100年」「世界国勢図会2004/05」(財)矢野恒太記念会より作成)
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特に、対日輸出の中で、「乗用自動車及び部品・付属品」の伸びが1999年の173.4百万ドルから2003年の517.1百万ドルと3.0倍になり、対日輸入の中で、「自動車ボディー及び部品・付属品」の伸びが同じく580.3百万ドルから1,692.8百万ドルと2.9倍に急増したことからも分かるように、自動車関連の相互依存性が今後一層強まるものと思われる。
タイの産業基盤が整備されてきた背景には、外国による直接投資が大きく寄与している。中でも日本の貢献度が顕著である。
日本にとっては、タイは早くから生産をシフトしてきた国である。親日的で穏やかな国民性を評価して、安心して技術移転を行ってきた。気温の高さを除けば、日本の駐在員にとって食事もなじみやすく、大変暮らしやすい土地柄と言える。
機械の摺り合わせ面を平らにする「きさげ」という根気の要る熟練技術についても、岡本工作機械製作所やソディックではタイの技術者を育て上げ、仕上げの部門の専門工として配置している。定着性と帰属意識が高く、しっかりと技能を修得しようとするタイ人だからこそできる技術移転である。
製造業の所定内賃金は、バンコク周辺でも8千バーツ(41.5バーツ=1ドル)程度であり(2003年統計 在タイ日本国大使館データより)、中国広東省ほどではないが、低コストの労働力を確保できる点で経営上大きなメリットがある。高卒ワーカーの初任給は、6,000バーツで、大卒の技術者の初任給は13,000バーツという調査結果がある(バンコク日本人商工会議所「2004年賃金労務実態調査報告書」)。
| 表2 タイ国政府貿易センター 「日・タイ二国間貿易」 | |||
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| 2001(前年比) | 2002(前年比) | 2003(前年比) | |
| 貿易額 | 約237.8億ドル(-7.16%) | 約248.2億ドル(4.11%) | 約240.6億ドル(17.66%) |
| タイ国の対日輸出総額 | 約99.5億ドル(-2.80%) | 約99.5億ドル(0.04%) | 約93.3億ドル(13.55%) |
| タイ国の対日輸入総額 | 約138.3億ドル(-10.06%) | 約148.0億ドル(7.03%) | 約147.3億ドル(20.42%) |
| タイ国の対日貿易赤字額 | 約38.9億ドル | 約48.1億ドル | 約54.0億ドル |
資料:DEPARTMENT OF BUSINESS ECONOMICS WITH COOPERATION OF THE CUSTOMS,ROYAL THAI GOVERNMENT
| 表3 日本貿易振興機構「対内投資統計(国別)タイ」 | ||||||||
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(最終更新日:2004年12月17日)
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(単位:件、100万バーツ、%)
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01年
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02年
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03年
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| 件数 | 金額 | 件数 | 金額 | 件数 | 金額 | 構成比 | 前年比 | |
| 日本 | 257 | 83,369 | 215 | 38,398 | 260 | 97,597 | 45.9% | 154.2% |
| 米国 | 40 | 40,131 | 37 | 11,113 | 40 | 24,574 | 11.6% | 121.1% |
| カナダ | 5 | 334 | 2 | 93 | 2 | 236 | 0.1% | 153.% |
| 欧州 | 87 | 26,042 | 78 | 20,437 | 70 | 28,311 | 13.3% | 38.5% |
| オランダ | 10 | 3,698 | 10 | 858 | 5 | 819 | 0.4% | -4.5% |
| 英国 | 18 | 4,852 | 15 | 11,237 | 14 | 20,513 | 9.6% | 82.5% |
| ドイツ | 24 | 13,719 | 19 | 2,140 | 12 | 413 | 0.2% | -80.7% |
| フランス | 11 | 1,293 | 9 | 543 | 13 | 1,321 | 0.6% | 143.3% |
| スイス | 7 | 2,545 | 12 | 3,727 | 7 | 898 | 0.4% | -75.9% |
| 韓国 | 21 | 1,437 | 33 | 3,213 | 40 | 3,506 | 1.6% | 9.1% |
| 中国 | 12 | 8,690 | 7 | 379 | 11 | 1,465 | 0.7% | 286.5% |
| 台湾 | 50 | 6,824 | 41 | 2,706 | 57 | 13,553 | 6.4% | 400.8% |
| 香港 | 20 | 9,710 | 5 | 1,585 | 14 | 3,591 | 1.7% | 126.6% |
| シンガポール | 51 | 8,985 | 40 | 13,103 | 36 | 6,730 | 3.2% | -48.6% |
| オーストラリア | 21 | 6,030 | 11 | 726 | 9 | 4,988 | 2.3% | 587.1% |
| インド | 12 | 1,954 | 5 | 92 | 11 | 3,519 | 1.7% | 3725.0% |
| マレーシア | 29 | 27,895 | 23 | 1,676 | 30 | 4,374 | 2.1% | 161.0% |
| 外国投資計 | 575 | 209,622 | 483 | 99,617 | 563 | 212,589 | 100% | 113.4% |
3.工業立地環境
直接投資の受け皿となるインフラ整備と投資に対する優遇措置の概要を見てみよう。
タイ投資委員会(BOI)は、国内を3つのゾーンに分割し、バンコクから遠い地域に立地する企業に対して手厚い優遇措置を採っている。バンコク周辺の第1ゾーンでは、工業団地内に限り法人所得税の3年間免除が認められ、第2ゾーンでは団地内で同じく5年間免除、団地外でも3年間免除がある。第1、第2ゾーンとも輸入関税が10%以上の機械・設備の輸入に際し、関税を50%免除し、輸出用生産に使用される原材料の輸入関税を1年間免除する。遠方にはなるが、第3ゾーンの工業団地内や特別地区では、法人所得税が8年間全額、その後も5年間は50%免除される。さらに、輸送、電力、水道の経費の2倍控除を10年間認める。機械・設備の輸入関税は全額免除で、輸出用生産に使用される原材料の輸入関税も5年間免除する。工業団地外でも第3ゾーンであれば団地内に準じた優遇措置が得られる。
バンコクから150km圏内には、既に約60箇所の工業団地があると言われる(1章の※1)。バンコク周辺、アユタヤに向かう北部地域、東部臨海地域など、早くから開発された工業団地もあれば、最近も開発が進められているところもある。発電施設を保有している団地もあり、電力の安定供給に役立っている。海抜が低いため、大雨のとき排水が滞るなどの悪条件があるが、いずれも大変よく整備され、製造業の立地環境としてはまず申し分ないという印象である。
タイ工業団地公社(IEAT)が独自に開発・運営するか、または民間企業がIEATの基準で開発し、共同運営する団地には、BOIの認可なしでも別に優遇措置が受けられる。外国企業の土地の保有や外国人への労働許可、外国送金などの恩典である(1章の※1)。
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広大な開発余地のあるアマタ・ナコーン
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中でもアマタ・ナコーンは、タイの華僑系実業家ビクロム氏が1989年から開発を進めている未来都市建設である。工業団地の機能だけでなく、アマタ(タイ語で永遠の意味)という言葉に込められたように、生活・文化機能を総合的に包含した都市づくりを目指している。2003年5月現在の総開発面積が約9,000ライ(1ライ=1,600㎡)で、工業用水・排水、電力供給・電話回線等のインフラはもとより、スポーツ施設、レストラン、マンション、クリニック等の施設を備え、現在も拡張を続けている。BOIの第2ゾーンの優遇措置が得られ、IEATからの恩典も受けられる。また、イースタンシーボード(東部臨海工業地帯)の中心に立地し、バンコクから57kmの通勤圏にある。レムチャバン港というタイ最大の港湾から46kmの位置にあり、自動車などの海外出荷に適している。本年開港予定の第2国際空港との距離は42kmで、国外へのアクセスにも良好である。団地内にTGI(タイ・ドイツ専門学校)という工場従業員のための技術訓練施設がある。最新鋭のドイツ製工作機械が導入され、CAD・CAMなどの実技訓練が行われる。
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タイ・ドイツ訓練センター |
アマタ・ナコーン・デンソー |
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レムチャバン港
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三菱自動車(レムチャバン港近く) |
アマタ・ナコーン周辺にはトヨタ、いすゞ、三菱、GM、フォードなどホンダ以外の自動車メーカーが立地し、部品メーカーには有利な立地条件である。2003年5月時点では既に260社が入居していたが、そのうち70%以上が日系企業である。デンソーをはじめとする自動車関連企業から電機電子関連メーカーなど多数が進出している様は、広大な日本の団地に居るかのような錯覚に陥る。タイは、日本の企業にとって国内の延長線上にあるのだ。また、タイにとっては日本からの進出企業こそが最大の顧客なのだ。中国では、日系企業は世界中から進出してくる中のワンノブゼムに過ぎない。しかし、ここタイでは最上客として迎えられるため、居心地が良いわけである。
4.中小金型企業のジャパンブランド戦略
大田区と周辺地域の金型製造業者が、タイで金型のメンテナンス拠点を設置しようという計画を進めてきた。
大田区と周辺地域の金型製造業者が、タイで金型のメンテナンス拠点を設置しようという計画を 日本の金型のシェアは世界の40%を占めると言われるほど、国際競争力において最強の技術力を誇っていたが、デジタル技術の伝播により、世界中でCAD・CAMを駆使した金型メーカーが出現し、日本の地位も危うくなってきた。中国に日本の大手メーカーが金型のデータを流出させてきた問題は、法的にも多少の歯止めがかけられたが、他国の技術が向上することを止めるわけには行かない。今日では、アジアの金型経営者の会議に、インドはもとよりバングラディシュ、スリランカ、ヴェトナムからも参加してくる。
タイに進出した日系企業が金型を必要とする機会は多い。そこで日本で発注して、中小の金型企業が受注・製作し、結果としてタイに輸出されて使用されることになる。しかし、金型は途中で補修が必要になる。重量のある金型を、そのたびごとに日本に送り返して補修していたのでは、時間も金も労力も無駄になる。しかも、即メンテナンスしなければ生産計画が狂ってしまう。そうなると、技術力の向上した現地企業にはじめから製作を依頼し、補修も頼むことになってしまう。それでは、国内から出られない小零細な金型企業は、いずれ仕事を失ってしまう危惧がある。そこで、メンテナンスの拠点をタイに設けることで、補修・整備ができるなら製作も日本の企業に依頼することになるだろう。金型は自動車と同じで、整備拠点のないところでは売れないということである。
共同でメンテナンス拠点の管理・運営を行うという構想で、金型の企業連合が動き始めた。経済産業省の「JAPANブランド育成支援」事業に後押しされ、現地の市場調査や事前マーケティングのための展示会出展などを行うこととなった。そこで海外の見本市出展を10年続けてきた財団法人大田区産業振興協会と共同で、「タイメタレックス2004」に出展した。大田区から出展参加したほかの企業とともに、これまで展示会などに自ら出展したことのない金型製造業者が、金型と成形品のサンプルを展示し、来場者に説明して感触をつかんだ。
一方、メンテナンス拠点となる具体的箇所を物色して回った。タイには、中小企業向けに完成工場を賃貸する不動産サービスがある。それを専門に行う会社が既に株式上場しているほど盛んのようである。そうした物件も含めて検討した結果、ほぼ拠点となるべき場所が固まった。バンコクの北方の都市アユタヤに近いロジャナ工業団地にある建物である。ロジャナ工業団地にはタイホンダの工場が立地している。床面積は600坪ほど、天井高は10mもある。最初70坪もあれば十分で、そこをパーテーションで仕切り、事務所を設けてそこだけクーラーを設置する。持ち込む設備は放電加工機、フライス、ラジアルボール盤、旋盤、コンターマシンなどである。金型のメンテナンスだけではサービス業とみなされ制約が大きいので、金型製作も行い工場として登録することにした。賃貸料は平方メートル当たり220バーツ(約600円)で月額家賃が15万円程度になる。
市場調査の結果、金型のメンテナンス需要は大きいと判断される。金型ユーザーである成形メーカーは、日系の金型メーカーにメンテナンスを依頼し、金型と成形の兼業メーカーではメンテナンス対応を受注の売りにしているところもある。ユーザーは時間のロスを避けたいという意向が強い(※6)。
自動車産業が成長するタイにおいて、金型需要は急速に拡大すると考えられる。タイはまた、タクシン政権がFTA(自由貿易協定)締結に極めて熱心に取り組んでいる。いずれタイを中心に、ASEANのみならずアジア全体と欧米諸国にまで自由貿易の輪が広がる可能性も見逃せない。交易の活発化は産業の比較優位をもたらし、地域の得意とする技術の高度化を誘引する。金型の技術がタイにおいて急速に向上するとき、金型産業の国際的位置づけも大きく変化することが予想される。そのとき、日本の金型産業が取るべき方向は、企業間の連携を深め、さらに革新的技術を追求し続ける道である。それを支える人材を育成しなければ、金型産業の存続が困難となる。金型は日本の技術のシンボルであり、日本のモノづくりが生き残ること自体極めて難しいということになる。
※6 「JAPANブランド育成支援事業調査報告書」2005.2 松本大学 兼村智也
「財団法人素形材センター 素形材Vol.45 3月号」に特集記事として掲載されました。
