ASEANとの連携で活路を見いだす大田区の中小企業戦略
2010/07/07
財団法人大田区産業振興協会
専務理事 山田伸顯
1.タイの政局混乱
タイは今騒然としている。5月19日、タクシン元首相派がバリケードで囲んで占拠しているバンコク中心部にタイ軍の治安部隊が突入し、強制排除を敢行した結果銃撃戦が起き、このときだけで15人の死者と多数の負傷者が出た。元首相派幹部が投降したにもかかわらず、一部が暴徒化し大型ショッピングセンターやテレビ局を破壊し放火した。地方都市にも破壊活動が飛び火しており、混乱が完全に収拾するかは不透明である。
2001年に政権に就いたタクシン首相は、貧しい農村部への重点政策を施したことにより、タイ東北部など地方での支持基盤を広げた。また、FTAの積極的締結や外資系企業の誘致により、輸出を振興することで経済成長を推進した。しかし、資産隠しなど金銭問題が付きまとい、自分が関係する企業の株式を外資に売却した際の汚職疑惑から反タクシン運動が始まった。2006年9月タクシン首相が国連総会に出席するためニューヨークを訪問中に軍のクーデターが起こり、国王がこれを支持したことで政権が崩壊した。
その後07年末の総選挙ではタクシン派が勝利したが、政局の混迷は収まらず、反タクシン派の「民主主義市民連合(PAD)」の反政府運動は激しさを増し、スワンナブーム国際空港を占拠した。総選挙での選挙違反判決により憲法裁判所が与党の解党を命じたため、タクシン派のソムチャイ首相率いる内閣が総辞職した。
08年12月に反タクシン派のアピシット政権が設立したことで、それまでの反政府運動が収まり政局の安定化が図られるかに見えた。しかし今度は反対に、現政権に対するタクシン派「反独裁民主統一戦線(UDD)」の反政府デモ隊が4月3日からバンコクで座り込みを始め、市街地を占拠したのが今回の事態である。
2.好調な経済状況
こうした混乱によりタイのGDPの約6%を占める観光産業などは大打撃を受けた。しかし一方、製造業は好調で、リーマンショック後の回復は日本より早く、09年の経済成長率(GDP伸び率)が▲2.3%だったのに対し、10年では4.3%~5.8%になるとの経済見通しを示した(タイ中央銀行4月29日)。特に、自動車産業の回復は顕著で、国内生産台数は140万台(約40%増)、国内販売は63万台、77万台が輸出向けという見通しが出ている。
タイは1990年以降95年まで8%以上の経済成長を続けたが、97年にアジア通貨危機の引き金となったバーツの急落により落ち込み、その年と翌98年にマイナス成長を記録した。それでも90年から2008年までの平均成長率は4.67%で、堅調な発展を遂げてきた。08年の名目GDP総額は2千7百億ドルに達し世界で第33番目になるが、1人当たりのGDPは4,116米ドルで世界90位に過ぎない。タイにおけるインフラの整備状況や技術の発展動向などを鑑みると、今後さらに豊かさを求めて経済を成長させる潜在力を有していると考えることができる。それと同時に、農村部と都市部との経済格差など根深い問題も存在しており、今回の政治的混迷はこれが露呈してきたと見ることもできる。
タイの経済成長を牽引してきた動力は貿易である。アジア通貨危機を引き起こしたバーツ急落により、それまで外資受け入れにより輸入主導型で無理に経済成長させてきた仕組みが行き詰まり、輸出主導型に切り替えざるを得なくなっていた。そこで,自動車を中心とする技術を高度化し、輸出に耐え得るような品質レベルに引き上げることをめざした結果これに成功した。特に日本のメーカーが集中的に技術導入した1トン車のピックアップトラックは、ASEANのみならず世界へ輸出する体制を構築した。1998年以降タイは、慢性的な貿易赤字国から黒字国に転換し、IMFの借款を早期に返済した。
3.貿易・投資政策
貿易を後押しする政策が採られてきたことも成長に寄与している。各国とFTA(自由貿易協定)を締結することに積極的で、ASEAN相互はもとよりASEANを通じて中国、インド及び韓国との協定を締結、単独でもオーストラリア、ニュージーランドと結んでおり、日本とは2007年に経済連携協定(EPA)を取り交わしている。
さらに、外資の導入にも積極的に取り組んできた。直接投資の受け皿となるインフラ整備と投資に対する優遇措置の概要を見てみよう。
タイ投資委員会(BOI)は、国内を3つのゾーンに分割し、バンコクから遠い地域に立地する企業に対して手厚い優遇措置を採っている。バンコク周辺の第1ゾーンでは、工業団地内に限り法人所得税の3年間免除が認められ、第2ゾーンでは団地内で同じく5年間免除、団地外でも3年間免除がある。第1、第2ゾーンとも輸入関税が10%以上の機械・設備の輸入に際し、関税を50%免除し、輸出用生産に使用される原材料の輸入関税を1年間免除する。遠方にはなるが、第3ゾーンの工業団地内や特別地区では、法人所得税が8年間全額、その後も5年間は50%免除される。さらに、輸送、電力、水道の経費の2倍控除を10年間認める。機械・設備の輸入関税は全額免除で、輸出用生産に使用される原材料の輸入関税も5年間免除する。工業団地外でも第3ゾーンであれば団地内に準じた優遇措置が得られる。
また、投資奨励業種を設け、タイの産業構造の高度化に寄与する事業については誘致に関する優遇策を行っている。金属製品・機械および運輸機器、電子・電気機械産業もこれに該当するが、環境の保全と対策に関わる事業などは特別重要産業として指定された業種に当たる。
特に自動車産業の企業誘致には熱心である。マレーシアが自動車技術の国産化にこだわったのとは対照的に、先進国からの企業進出を受け入れたため、世界のメーカーがタイにおける生産拠点を構築してきた。「アジアのデトロイト」を目指す、自動車産業の目覚しい成長に支えられ、タイの経済全体も99年以降着実に復興を遂げたということができる。中でも日本の自動車メーカーの進出は顕著である。2007年のメーカー別国内新車販売台数とシェアを見ると、乗用車ではトヨタが92,530台で54.4%、ホンダが50,093台で29.4%を占め、商用車ではトヨタが189,558台で41.1%、いすゞが151,033台で32.8%を占めている。その他の日系自動車と合わせると日本メーカーの占める割合は90%以上となっており、タイにおける自動車販売市場を席巻している。
4.大田区の中小企業の海外展開支援
このようなタイの発展の可能性を見つめて、機械産業の集積地域である大田区は、現地への中小企業進出の手立てを模索してきた。何故日本の自治体が海外への企業進出を支援しようとするのかというと、産業のグローバル化が進展する中で、セットメーカーが生産拠点を海外シフトし、現地調達に切り替えていく方向にあるため、部品メーカーは国内にとどまっていただけでは市場が狭まることは避けられないと判断したからである。つまり、部品などの生産財を主として製造する中小企業にとって、グローバルな資財を国内だけでさばくことが明らかに限界となってきたことを認識せざるを得なくなったのだ。企業の発展を支援する立場として、グローバル展開をサポートすることで生き残る道を切り開くことが不可欠になったということなのである。
バンコク郊外のスワンナブーム国際空港から、40kmほど東南の位置に「アマタナコン工業団地」がある。大田区産業振興協会は2004年の金属加工工業見本市「タイメタレックス」に大田区中小企業と共同出展した際、同工業団地の創業者であるビクロム氏と面会する機会を得た。そこで大田区という地域の産業集積と中小企業が有する技術について関心を持ってもらった。翌年にはビクロム氏自ら大田区を訪問し、規模が小さくとも技術レベルが高い中小企業を工業団地に誘致するべく、レンタル型の集合工場「オオタ・テクノ・パーク」(以下OTP)を団地が建設するという覚書を交わした。急遽2006年6月には開設する運びとなったのである。
アマタナコンは全計画面積約68平方キロメートルという巨大なインダストリーパークである。その中にあって、OTPは、わずか約2ヘクタールの小さな敷地に中小企業向け集合工場を建設する計画で、現在2期工事が終わり、6社が入居している。
タイ側にとっては、工業団地を整備し、国外から自動車、電気・電子機器等の主たるメーカーの生産拠点を誘致することで産業の高度化を進めてきたが、メーカーに供給する部品産業や、そうした産業全体を下支えするサポーティングインダストリー(製造・加工における基盤技術)が脆弱で、それらの集積を強化する必要がある。そうしないと、自動車産業を中心としたタイ製造業にとってボトルネックとなると危惧されているからだ。その基盤技術を有するのが日本であり、特にその象徴的な地域である大田区のモノづくりブランドをタイ側は高く評価した。また、中小企業の有する基盤技術のネットワークが工業団地に形成されることにより、さらに多くのメーカーの誘致が推進できるという狙いがあったのである。大田区としては、企業が根こそぎ移転することは認めていない。事業所の拠点を区内に維持しつつ、グローバル分業による経営発展を促すのが趣旨である。海外において生産し、新たな市場を開拓することにより経営余力を獲得することで、日本国内においては先端的開発に振り向けることができる。中小企業もこのような戦略を選択することを期待している。タイとは産業における「ウィン・ウィン関係」が成り立つと考えている。
OTPに入居した企業の状況は、リーマンショック後仕事量が大きく落ち込んだが、今年は絶好調で、中には2交代制から3交代制にし、それでもさばけない仕事を日本の本社に送って分担してもらっている工場もある。タイ国内からの注文だけでなく、FTAにより関税低減が図られるため、ベトナム、インドネシア、インドなど周辺国への輸出が伸びている。セットメーカーに生産財を供給する企業にとって、タイへの進出は不可避の方向であったと評価できる。
5.ASEANを核としたアジアネットワークの構築
マレーシアが先陣を切ったASEANの工業化は、タイの技術力と産業集積を高めた。さらに政局の安定化が見られるようになったインドネシアに経済成長をもたらし、社会主義政権下のベトナムが、チャイナプラスワンの受け皿として発展を続けている。すでに大田区からそれらの国に生産拠点を設置した企業もある。日本のセットメーカーが進出した国に部品のサプライヤーが集積していくと、それを技術的にサポートするために優れた基盤技術を有する中小企業が必要になる。その段階で大田区のような産業集積地の中小製造業が活躍する環境が生まれるということである。
大田区では「アジアネットワーク」の展開を計画に位置づけている。アジアに任せるべき成熟技術と日本で進めるべき先端技術開発という構想に基づき、アジアにおける産業の棲み分けを企業の経営戦略だけでなく、国や地域の戦略としても推進することを日本の産業政策として打ち立てるべきである。
そのときに、中国に対する展開をどのように進めるべきかという課題も追求しなければならない。中国を抜きにしたアジアネットワークはありえない。しかし、政治的な面でも国民心情的な面でも、日本と親和性の高いASEAN諸国との関係を深める方向性は的を射ていると言えよう。われわれは、「草の根交流」を進める立場から民間サイドのネットワークを形成し、国を超えた技術移転や取引関係を構築していこうとしている。
今日、ASEANを中心としたアジアネットワークを展開するに当たり、大田区にとって最も優位な環境がつくられようとしている。それは大田区に位置する羽田空港が今年10月から再国際化し、アジア便を中心に国際定期便が年間6万回就航することが予定されていることだ。羽田空港には言うまでもなく最多の国内線が就航している。国際線と結ぶハブ空港として、国内外のモノづくりの結節点にもなりうる地域である。空港跡地に「グローバル・アライアンスセンター」(国際的な受発注取引と技術交流の場)を設置することができれば、大田区を中心としてアジアと日本の各地を結ぶ「モノづくりのハブ機能」を発揮する基地となりうる。最先端技術と開発機能を生かしてアジアの母工場となることが、日本の中小企業によるモノづくりの存在価値を示す道である。
(本論文は、社団法人日本経済復興協会の『経済復興』6月上旬号No.2223号に掲載されたものである。)
